NOGUCHI NEWS LETTER
米国財団法人野口医学研究所ニュースレター 
■発行 米国財団法人 野口医学研究所 東京都港区虎ノ門1-20-7興武虎ノ門ビル5階
TEL 03-3501-0130  FAX 03-3580-2490
Vol.1  1999.5
「21世紀の医学交流」
野口医学研究所 専務理事
津 田  武

1983年に米国財団法人野口医学研究所がフィラデルフィアに設立されてから既に幾多の歳月が流れ、昨年の秋にニュージャージー州イングルウッドにて財団創立15周年記念式典を執り行ったのは私達の記憶に新しい限りです。その栄えある席で、長年にわたる当財団創立・発展の功労者である浅野嘉久氏から専務理事の重責を引き継ぎ、この度財団の運営により中心的な立場で携わるようになりました。今後も引き続き皆様方のご指導・ご鞭撻を承りたく、この場を借りてお願い申し上げます。
 皆様もご存知のとおり野口医学研究所は、「日米医学交流の奨励と促進」を主目的としてアメリカに設立された財団です。戦後、日本の医学・医療が目覚しい発達を遂げたことの理由のひとつとして、アメリカで苦労して臨床研修を収得した若く意欲のある日本人医師達の存在があったことはあまりよく知られていない事実です。1950年から60年代にかけては、アメリカ国内での医師不足を補うべく多くの有為な医師達が世界中からアメリカに招かれ臨床研修に従事することが出来たのです。そう言った外国人の研修留学を側面から援助していたのが、アメリカにおけるガリオア基金やフルブライト奨学金を初めとする多くの奨学資金でした。しかし1970年代の後半頃からは、アメリカ国内での医師不足も次第に解消され、1980年代には外国人医師達を招くための財団や奨学金は、事実上その歴史的役割を終了するに至りました。その間、多くの日本人医師達は、苦労してアメリカから医学・医療におけるノウハウや知識を忠実に学び、実に見事にそれを日本に持ち帰りました。残念ながら学問の発展の基礎となる精神、すなわち科学における「合理的精神」までも充分に咀嚼・吸収するまでには至りませんでしたが、それでも激動の高度成長期の日本にあっては留学体験者の持ち帰ってきた貴重な経験は、それだけで日本の医学界にとって目覚ましい推進力になり得たのです。
(図1)アメリカでの外国人レジデント試験の日本人合格者数の推移
1981 1982 1983 1984(前期)
人数 27 35 36
 1950年から60年代にかけての日米医学交流は、言うならば第二次世界大戦後のアメリカの際立った文明力と経済力と、同じ自由主義陣営内の敗戦から復興しつつある衛星国の一つである日本との相対的力関係によって生じた時代の副産物であったと言えるでしょう。言い換えれば、かつての医学交流は、アメリカの国内事情の要求に応えるべく発生した制度で、日本を初めとする諸国はその制度にただ便乗したに過ぎないと言えなくもありません。その歴史のもたらした偶然にしっかりと恩恵を被った我が国は、一見幸運であったとも言えますが、逆にそれだけ楽をした分だけ現在少なからぬ課題に直面せざるを得ないわけです。現在の私達は、かつてのアメリカ主導型の医学交流の功罪を等しく評価しなければならないと思います。特にこれからの医学・医療のあり方を考える際に、私達は従来の様に、アメリカという先生の言うことだけをただ真面目に聞いているだけの生徒の立場であってはいけないのです。
 
 
時代は変わり、昔に比べ日本の国際的な地位も著しく向上しました。長引く経済不況の下とは言え、統計の数字の上から言えば現在の日本は世界でも有数の裕福な先進国であり、これから私達の推進する医学交流も我が国の国際的地位に相応しい視点での医学交流であるべきだと考えられます。私達野口医学研究所の推進する医学交流は、かつて存在したアメリカ主導型の医学交流の復活ではなく、21世紀という新しい時代の中で日本がその特長を活かすことのできるユニークなものであるべきだと考えます。それが何であるのかを具体的に追求し発展させていくのが私達のこれからの大きな仕事になります。日本の文化や社会の世界に誇れる素晴らしい点は、古いものと新しいものとの繊細なまでに美しい調和を許容し、多様なる価値観、外来の輸入文化等が争うことなく見事に融和することを許す一種の成熟した「寛容性」にあると思います。日本史上、西欧史に頻繁に見られるような宗教戦争が一度も存在しなかったことは、特記すべきことです。この日本の「寛容性」と西洋の「合理性」とは、一般には相容れないものとされていますが、この2つの微妙なバランスが、これからの新しい時代の日本主導の医学交流を展開していく上での重要な要素になります。
 分子生物学や遺伝子学などの生命科学の著しい進歩、そして極めて多様なる価値観の出現の中で、人類は「生きる幸せのための」医学の発展を忘れるべきではありません。アメリカは、医学教育でそして臓器移植や遺伝子治療などの先端医療の基礎研究と臨床応用で世界に貢献してきましたし、これからも引き続きこれらの分野で世界をリードしていくことでしょう。私達日本人ができる事は、例えばアメリカの最新の科学的知見と中国五千年の歴史の中から生まれた「叡智」を融合させ、それを世界に紹介することなどではないでしょうか。野口医学研究所が主導する医学交流とは、こういった新・旧あるいは東・西の異文化のコーディネーションではないかと思うのです。来る21世紀に向けて、「日米医学交流」を通して日本のあるべき立場を模索していく作業こそ、これから私達日本人が国際社会の中で自主性を持って貢献して行くための第一歩ではないかと確信しています。