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野口医学研究所ハワイ大学外科エクスターンレポート

東京慈恵会医科大学大学院  ビークロフト三枝 絵美


  この度、2008年5月に野口医学研究所のエクスターン生として、ハワイ大学クイーンズ医療センターの外科にて1ヶ月間の研修を行わせていただきましたのでご報告させていただきます。


1)ハワイ大学クイーンズ医療センター

 オアフ島のダウンタウン、カメハメハ大王像に近接するハワイ大学のクイーンズ医療センターは、ハワイ州全島および環太平洋諸島における医療の最終の砦となる、高度な先端医療を提供する事を誇る病院です。私が調べた範囲では、一般床が507床、ICUが38床(うちSICU = Surgical ICUは11床)、CCUが10床で、その他に精神科病棟が35床、Cardiac wardが50床あります。年間のデータで見ると、救急外来受診数は約4万7千人弱、一般外来受診数は21万4千件弱、外来手術は1万2千件、入院手術は7千件行われています。
ハワイ州は非常に他民族国家で、中でも一番多い約17%は日系アメリカ人で、次いでポリネシア系、フィリピン系、ドイツ系、中国系、と続きます。スタッフも患者さんも日本人姓を名乗る日本人顔の方がとても多いのですが、実際には三世、四世となると日本語が話せる人は殆どいないようでした。それでも、あくまで私個人の見解ではありますが、食文化だけでなく、日本独特の侘寂を彷彿とさせる様な文化や倫理観が根付いる印象を受けました。感覚としては、ハワイ州は本土と比べ非常に日本に近いと感じる場面が多々ありました。


2)外科レジデントを目指すという事

 日本人医師がアメリカにて臨床医になる為には、USMLE Step1, Step2 CK, Step2 CSという3つの試験に合格し、ECFMGを取得する必要があります。これは米国内にてレジデンシーを行ってもいいという仮免許のようなもので、専門科によって3-7年と期間の異なるレジデンシーを修了し、専門医試験に合格する必要があります。外科は一般的には5年間のレジデンシーで、2006年の統計では全米で約7割のレジデンシー卒業生が、より専門性を極める為にフェローシップ等へ進んだようです。
 一般的にアメリカでは、IMG(International Medical Graduate=外国医学部卒業生)が外科のレジデントとなることは非常に厳しいとされています。2003年以降、全米中のレジデンシーが対象となった週80時以上働いてはいけないという80 hour ruleに基づき、外科も再び人気が浮上していて、ますます外国人にとって狭き門となっています。レジデンシー別の統計を比較すると、2006年のAMAの全米のデータでは外科はIMGが22.9%(全レジデントに対する女性の比率は27.7%)を占め、内科の53.4%(女性比率42.5%)や家庭医学の42.0%(女性比率52.6%)に対してIMGの比率が少ない、すなわち外科は入りにくい事が分かります。ちなみに、整形外科はIMGが2.3%(女性比率10.7%)、皮膚科はIMGが2.7%(女性比率62.4%)とIMGは非常に少なく、最もIMGが入りにくい科にあげられています。そうした人気科と比べると、外科レジデンシーに入る事は統計上不可能ではないようです。


3)ハワイ大学外科レジデンシープログラムの特徴

ハワイ大学外科レジデンシーは、5年間在籍出来るCategorical residentが3名、1年目のみのPreliminary residentが8名います。Preliminary residentの多くは放射線科、麻酔科など、2年目以降に選択出来る専門科志望で、既に2年目のポジションが確保されている人が殆どです。現在23名のレジデント、およびSICU fellow2名のうち、いわゆるIMGに該当する人は私の聞いた範囲ではいませんでした。過去には日本人レジデントも何名かいたそうで、その中には 野口医学研究所より外科エクスターンとして派遣された後、ハワイ大学外科レジデンシーを終え、本土でフェローをされてからハワイ大学外科指導医(attending)として戻られた荻原慎先生がおられます。また、ハワイ大学には野口医学研究所の理事を務められているハワイ大学外科教授の町淳二先生もおられ、私を始め多くの外科志望のIMGが抱いている夢を実現された先生方がおられます。
 ハワイ大学外科レジデンシープログラムの最大の特徴は、豊富な症例数です。チーフレジデントのDr.David Wongは、もちろん指導医の監視下ですが、5年間で千数百症例(Whippleなども含めた一般外科の手術全般に渡って)自ら執刀してから卒業すると言っていました。
 今回滞在中の外科チームは、Chief resident1名、4年目の米陸軍のレジデント1名、2年目1名、1年目のcategorical2名、preliminary1名の計6名のレジデントと医学生3名で構成されていました。毎朝6時半より、土日は7時半よりチーフレジデントを中心とした回診が始まるので、それまでに大体朝3-4時から各自担当の患者さんの回診を終えておきます。回診中に口答で各自自分の担当患者のプレゼンテーションを行います。今回は見学のみという条件だったので、私は常にレジデントにつきながら回診をしたり、ネットワーク上の日々のデータやカルテを追いながらラウンド時に自分が手術見学した症例を中心にプレゼンをさせていただいたり、症例の疑問点を積極的に投げかけたり、と自分なりに研修を最大限有効活用出来るように工夫しました。
 1件目の手術は大体7時過ぎ頃から始まるので、それまでに皆手術室へ散って行きます。回診中にチーフレジデントがケースを各レジデントに割り当てます。医学生は実習中に見ておくべき症例のチェックリストとにらめっこをしながら、自分が入る症例を選び、手術中の口頭試問に備えてそれまでの僅かな時間は知識の詰め込みに奔走していました。当直は1-4年目は2日置きと多く、当直明けは正午までに引き継ぎを済ませて帰宅します。私もレジデントについて当直を経験させていただきましたが、クイーンズ医療センターはかなり忙しく、一晩中入院や緊急手術が絶えない事もあるので、当直中に仮眠出来る事は極めて稀だそうです。基本的には各レジデントは自分の入った手術症例もしくは入院させた症例を受け持つのですが、夕方から夜にかけて当直のレジデントに引き継ぎをします。当直中は救急外来に呼ばれる合間を縫って、夜回診を行います。
 手術室での見学は、指導医の先生方や麻酔科医の先生方、そして看護士さんたちと顔を合わせるとてもいいチャンスでした。手術数はとても多く、どのケースを見に行くか症例の列記されたボードを眺めながら、いつも贅沢な選択肢に悩まされていました。中でもGastric Bypass Surgeryを始め、私には馴染みの無い、ロボットを用いた遠隔操作の手術が行われている事には驚きました。


4)カンファレンス、レジデント教育

 毎週火曜日午後4時半よりM&M conference(Morbidity and Mortality conference)が行われています。主にチーフが他のレジデントやattendingに対してプレゼンテーションを行い、死亡例や合併症症例等を通して問題点や今後の改善点を話し合います。
 毎週水曜日午前7時より12時まではレジデント教育にあてられています。その間は当直のレジデントも救急業務から解放されます。初めは指導医も出席する関連病院合同のM&Mもしくは講演が行われ、その後レジデントを対象に指導医やフェローから1時間おきに各種レクチャーが行われます。11時半から外科のDr.Halfordが面白い症例を医学生とレジデントに教える為の放射線ラウンドが行われます。正午からは1時間、「Tumor board」といって病理学、放射線科、腫瘍学、内科、外科、その他の臨床科、などと多くの科が合同で出席し、稀な腫瘍疾患や治療抵抗症例に対する治療方針を多くの専門科の意見を合わせながら相談して行くための合同カンファレンスが行われます。幸いにも私は症例プレゼンテーションをさせていただく機会を得る事が出来ました。
 水曜および金曜の午後はレジデントが中心となって運営し、指導医が一名監督する外来診療の時間に当てられています。ここでレジデントが診察した症例を自分が担当して手術を行い、その後クリニックでフォローするという一貫した治療を学ぶ事が出来ます。
 全ての医療行為は、徹底して指導医の監視下にて行われますが、指導医の先生方はどなたも非常に教育熱心で、基本的には殆ど手を出さずに丁寧に指導し、困難な場合は助け舟を出すというスタイルでレジデント達は能力に応じてどんどん技術を向上させていました。
 レジデントの皆さんは、授業に当てられた時間が週に半日だけなので、他のプログラムと比して授業が比較的少ない事と、忙しいので中々自分で勉強する時間が無い事がプログラムの弱点だと冷静に分析していました。一方で、忙しいだけ相当数の症例を執刀して自信をつけてから卒業出来るのがこのプログラムの最大の長所だ、と口を揃えて言っていました。原則として週に1日は休めるように、チーフが気遣いながら当直スケジュールを立てていました。チーフになると、当直レジデントのバックアップ当直として待機している日が殆どなので、決められた当直の日は少なくても実質上いつも病院に張り付いている様な印象でした。Dr.Wongはエネルギーの固まりの様な好青年で、面倒見が良く、勉強熱心で、人望の厚いチーフでした。手術中でも、疑問点があれば指導医に対しても「こうするべきだ」と違う方法を提案出来る自信と、それをバックアップする根拠となている文献に基づいた統計をサラッと言えるその記憶力の凄さに、圧倒されました。僅か5年間でこれだけの人材を育成出来る環境は凄い、と感心いたしました。


5)Trauma, SICU(Surgical Intensive Care Unit)

 Trauma症例が病院に搬送されて来る事が分かると、指導医、フェロー、およびレジデントで構成されているtrauma teamが救急室に呼ばれ、待機します。私も院内放送で流れる放送を聞きつけ、救急室へ飛んで行き見学させていただきました。実際に患者さんが搬送されて来ると、ATLSに乗っ取り、素早いチームワークで病状を把握して行きます。私は米軍病院でATLSを受けた事があるので、その時の実技試験やアルゴリズムを思い出しながら、次に何をするべきなのか常に先を予測しながら見学し、あとはひたすら邪魔にならないように気をつけていました。一段落してからは口頭試問に答えたり、質問をしたり、ととても丁寧に教えていただく事が出来ました。外傷のほぼ8割近くは鈍的外傷で、その中でも圧倒的に多いのは交通事故だそうです。中でもオートバイやスクーター絡みの事故が多いそうで、ハワイ州では18歳以上はヘルメット着用義務が無い事も多いに関連してるのではないかと思いました。近隣諸島からも重傷例が搬送されて来るので、緊急手術も多く、SICU管理になる患者さんも多かったです。
2週間目に、SICUを回らせていただきました。SICUは11床あります。同じフロアにMICU(Medical ICU)があり、計38床あります。SICUチームはフェロー2名、レジデント2名、一週間交代の指導医1名で形成されていました。午前中に数時間かけて一人一人ラウンドして行き、そこでじっくりと行われて行く素晴らしいteachingは目から鱗でした。クイーンズ医療センターは、全米中でもっともPA catheter(Pulmonary artery catheter = Swan-Ganz catheter)を消費しているICUだそうで、組織レベルでの酸素運搬の経時的変化を捉える為に、継続的にsVO2をモニターする事を主意としてPA catherterが多用されているという、施設の特徴がありました。ラウンドの際にプレゼンテーションをさせていただき、口頭試問に答えながら、新たな知識を沢山吸収する事が出来ました。僅かなデータの変化も生理学的レベルまで追求して考察してく事で、より正確に患者さんの病態を把握する事が出来、とても勉強になりました。


6)Dr. Little’s class

 1995年以来、野口医学研究所、およびハワイ大学と提携している臨床研修病院より研修で来る日本人医師、そして日本の医学生さんが参加しているというDr.Doric LittleのESL(English Second Language) classが毎週木曜日の5時から7時までクアキニ医療センターで行われています。IMGがとても多いという内科レジデントのうち、日本人の先生方やタイ人の先生方も忙しい中駆けつけておられました。
 Dr.Littleはハワイ大学の准教授で、パブリックスピーチとレトリックのスペシャリストです。大阪学院大学で教えていた事もあり、とても日本好きな素敵な先生です。参加者はプレゼンテーションスキルや英語に関して指導を受け、毎週新たなプレゼンテーションを行います。今回は偶然、内科レジデントの卒業の時期にあわせて、一年に一度行われるオアフ島北端、サーファーの聖地として名高いNorth ShoreのDr.Little自宅で行われているパーティーに参加させていただきました。日本人の先生方や、タイやドイツからの内科レジデント、日本からの医学生さんたち、そしてそれぞれの家族が集まりました。丁度その週末だけ本土からハワイに駆けつけた私の夫も参加させていただき、自然溢れる素敵なお宅で楽しい午後を過ごさせていただきました。また、最後の木曜日には恒例だというグループディナーに出かけました。何とも楽しいclassで、とても良い思い出を作る事が出来ました。


7)私の場合

 私は、学生時代はイギリスへ医学留学を繰り返し、2002年に慈恵医大を卒業後は母校整形外科医局に所属し、研修医、そして大学院生となりました。そんな中、本格的にアメリカでレジデンシーを目指したいと強く思うようになり、紆余曲折を経ながら横須賀米海軍病院(US NAVAL HOSPITAL YOKOSUKA)で55回生として1年間日本人インターンを勤め、また各地の米国内の病院に短期留学させていただく機会に恵まれました。臨機応変に状況に合わせて内容を調節してとっさにプレゼンテーションをする事や、様々な癖のある手書きカルテを読解する事、自分でカルテやオペ録を書く事、治療法や投薬内容の日米の違いや略語を理解する事、EBMに基づいて考察する事など、アメリカの病院で日常業務を行うにあたり必要な知識が知らないうちに身に付いていたのは、まさに米海軍病院のお蔭だと思います。その結果、特にカルチャーショックを受ける事も無く、余裕を持って充実した研修を過ごす事が出来たように思います。Observershipだと初めから聞いていたので、制約のある中で自分なりに工夫して有意義に過ごせたのではないか、と思っております。今後は大学院を卒業する事、およびアメリカにて外科レジデンシーに入る事を目標とし、一生懸命勉強し、切磋琢磨して行きたいと願っております。


8)最後に

 4週間を終えた頃には、指導医の先生方にも大体顔と名前を覚えていただき、すっかりレジデントの皆さん、医学生や看護士さん達と親しくなれました。レジデントの皆さんは、いつも私が病院の食堂で食べている事を不憫に思い、忙しい中何度か食事に連れて行って下さったり、送別会までして下さったり、と至れり尽くせりで大変有りがたかったです。とても良い友情を築けた事は、今回の研修の宝です。
 多くのIMGの中で、一般外科医として日本でしっかりキャリアを積んで来た訳ではない私ですが、そんな中で私が恵まれている事と言えば、帰国子女でバイリンガルである事、永住権を取得している事、横須賀米海軍病院のおかげでアメリカの病院で働く事が慣れている事、軍医の先生方の推薦状を貰える事、そして夫や家族の暖かいサポート体勢が整っている事、の5点だと考えております。まず最大の難関であるインタビューを得る為には、理想的には志望の病院に実習に行く事が一番だと思うのですが、医療事故賠償責任保険等の問題により、外国人医師が病院を訪れるのは見学でさえとても厳しく、中々実現出来ないのが現実です。これまでに伝手があっても見学を断られた病院は数知れません。??
 そんな中で、今回とても有意義な短期研修を過ごす機会を与えて下さった野口医学研究所の皆様、ハワイ大学医学部のSenior Associate DeanであるDr.Izutsu、そして町淳二先生やDr.Takanishiを始め、ハワイ大学外科の皆様方には大変感謝しております。そして、留学が困難な中で過去の短期留学を実現させていただいた、赤津晴子先生、藤田士朗先生、加藤友朗先生、西田聖剛先生、笠原群生先生、US Naval Hospitalの諸先生方、医学教育振興財団の皆様、そして東京慈恵会医科大学栗原敏学長および整形外科の丸毛啓史教授、故 藤井克之教授に深くお礼を申し上げたいと思います。

 最後になりましたが、いつの日かアメリカにてレジデンシー、フェローシップを行う事が出来た暁には、何らかの形で野口医学研究所、そして日本の医学に貢献する事が出来れば、と大きな夢を抱いております。そして少しでも同じ様な夢を抱く若いドクターの力になれたら、と願っております。

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