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アラムナイ活動及び研修レポート

TJUでの実習レポート

新井 大宏


1. はじめに
今回、野口医学研究所のエクスターン研修プログラムにて、トーマスジェファソン大学(TJU)関連病院の家庭医療学講座にて、2009年10月12日から11月6日まで研修を行った。この報告書では、まず具体的なスケジュールについて述べ、次に米国と日本の医学の違いについての考察を後述する。

2. スケジュール
第一週:オリエンテーション・IDなど諸文書の作成・プレゼンテーション資料の作成など

第二週

AM

0800-
症例カンファレンス
0900-
外来
Dr.Hsieh

0800-
症例カンファレンス
0900-
外来
Dr.Markham

0800-
グラウンド・ラウンド(講義)
0900-
外来
Dr.Markham

 

0900- レジデント教育
-プレゼンテーション(研修医)
-レクチャー(指導医)

0800-
症例カンファレンス
0900-
病棟回診
Dr.Conniff
1100-
放射線科カンファレンス

PM

1315-
外来
Dr.Brisbon
1500-
レクチャー
Dr.Markham

1315-
外来
Dr.Scott

1315-
外来
Dr.Buchanan

1315-
抗凝固外来
Dr.DeBreuil

1315-
外来
Dr.Close


?


第三週

AM

0800-
症例カンファレンス
0900-
外来
Dr.Hsieh

0800-
症例カンファレンス
0900-
外来
Dr.Markham

0800-
グラウンド・ラウンド(講義)
0900-
外来
Dr.Barasch

 

0900- レジデント教育
-プレゼンテーション(研修医)
-レクチャー(指導医)

0800-
症例カンファレンス
0855-
病棟回診
Dr.Conniff
1100-
放射線科カンファレンス

PM

1315-
外来
Dr.Brisbon

1315-
外来
Dr.Scott
Dr.Mills

1315-
外来
Dr.Alder

1315-
抗凝固外来
Dr.DeBreuil

1315-
外来
Dr.Close

 

第四週

AM

0800-
プレゼン
“日本の家庭医療について”
0900-
外来
Dr.Hsieh

0800-
症例カンファレンス
0830-
コミュニティヘルス見学
Dr.Plumb

0800-
グラウンド・ラウンド(講義)
0900-
外来
Dr.Markham

 

0900- レジデント教育
プレゼン・講義・グループディスカッション(ERの研修医と合同)

 

0900-
外来
Dr.Markham

PM

1315-
外来
Dr.Brisbon

1400-
面談
Dr.Gonnella
1500-
外来
Dr.Scott

1315-
難民外来

1315-
抗凝固外来
Dr.DeBreuil

1315-
外来
Dr.Close

3. 各ローテート先の内容および感想

外来(クリニック)
・TJUの医学生と一緒に研修した。第2週以降は、問診・身体診察・カルテ記載をTJUの医師の監修の下に行った。
・コモン・ディジーズを中心に、小児や産婦人科領域の患者を診た。
・予約外来と、当日来院した患者のための外来(CareNow)があり、半日で約10−15人。

・日本と比較し、一人の患者に対して十分な時間が掛けられる。
・結果として、一人ひとりの患者に質の高い医療が提供される。特に、ルーチンに行われる予防医学領域(例えば、50歳以上の患者で大腸内視鏡、40歳以上の女性でマンモグラフィーをやっているかどうか、など)は国の統一された基準を組織立てて行っているという点で、日本と比べて格段に臨床のレベルが高い。
・チームとして非常に良く組織化されている。外来中、研修医は他の指導医にいつでも症例の相談に行くことが出来、その場でフィードバックを得ることが出来る。

クーマディン(ワーファリン)治療の抗凝固療法専門外来(毎週木曜午後)
・ワーファリンによるINRコントロールに特化した外来。
・日本では専ら循環器専門医が行っていることが多く、また治療方針もまちまちだが、TJUでは毎日の内服チェック・ビタミンKを含む食事の変化・抗生物質やNSAIDなどの薬物投与の有無など、患者への教育及び問診のチェックが非常にしっかりしている。
・他科で手術を行う前のコントロールなど、殆どがマニュアル化され、それがしっかり行われているのも素晴らしい。日本と比べ、肺塞栓などの血栓症が比較的コモンであるという背景もあるが、非常に質の高いマネージメントが行われている。日本の臨床レベルとの差にショックを受けた経験の一つであった。

病棟回診
・朝の主治医による回診とカルテ記載の後、病棟全体の患者の経過をチームに報告。その後回診に行く。毎週金曜日午前に、その週にオーダーしたCT・MRI・MRAなどの画像所見について、放射線科指導医からレクチャー形式でフィードバックを受ける。
・研修医は症例のプレゼンテーション能力に優れ、他の医師が見ても分かるように情報を引き継ぐ能力に重点が置かれている。日本の臨床のように、主治医以外の医師がカルテを見ると、現在患者に何が行われているのか良く分からない、というようなことは無かった。訴訟対策などの理由もあるが、カルテなどの文書記載のレベルが非常に高い。

レジデント教育
・毎週木曜日午前中、研修医のための教育時間。
・研修医が何らかのテーマ(例:労働者のうつ病・肥満に対する患者教育など)についてPowerPointなどでプレゼンテーション。
・指導医(家庭医療以外の領域を含む)による同様のレクチャー。
・ERの研修医と一緒に、模擬患者の症例を用いて、診断から治療に至るまでのグループディスカッション。指導医が全体を総括する。担当の先生によれば、正しい診断を下すのが目的ではなく、同じプライマリーケアを担う救急と家庭医の医師の間に、共通の概念を構築し、お互いから見落としやすいアプローチなどについて理解してもらうのが目的とのことであった。

コミュニティヘルス
・プロジェクトH.O.M.E.を見学。
・H.O.M.E. (Housing, Opportunities for Employment, Medical Care, Education)
ホームレスの人々に家・教育及び雇用機会・医療を提供し、貧困の再生産を阻止しようという理念の下、ペンシルバニア州の援助で行われている貧困地区の政策の一環を見学した。
・下記の「フィラデルフィア殺人事件地図(2008)」では、中心市街地・大学地区・美術館などの観光地区の外側から急に犯罪が多発しているのが分かる。

Philadelphia Homicide map 2008

・自分は上記地図の中央やや北の方、貧困と犯罪が社会問題となっている地域を見学した。地元の協会やボランティアの援助により、古い教会を診療所として使っているところや、無料の職業訓練学校などの様子を視察した。

・フィラデルフィア市内で約一万人が地下道などでホームレスとして生活しており、HIV・STD・薬物中毒などの社会問題の温床となっている。約50%がハイスクールを中退し、10代前半での妊娠出産も決して珍しいことではない。(セックスやドラッグ以外に、人生に対して楽しみや目標が見出せていない。まともな教育を受けていないので雇用も不安定になり、子供が増えてさらに貧困に拍車が掛かる、という悪循環に入っている。)

  1. 参考:以下、Wikipedia「フィラデルフィア」より一部抜粋

フィラデルフィア都市圏の治安は概ね良好であるが、デラウェア川の対岸、ニュージャージー州カムデン市デトロイトセントルイスなどと並んで、全米で最も危険な都市のひとつである、とされている。全人口の22.9%、全人口のうち18歳未満の31.3%、及び全家族の18.4%は貧困線以下にある。

・アメリカ社会の負の一面を目の当たりにする、貴重な機会となった。また、日本の社会制度(生活保護など)についての良い面・悪い面について再度考えさせられた。

・低所得者層に対する社会的サポートは、明らかに日本より劣る。「無いよりマシ」程度という印象を受けた。一方、アメリカの抱える歴史的・社会的背景を考慮すれば、移民が相対的に少ない国と異なり、全ての低所得者層に対する包括的な支援は、きわめて難しいであろうと思われる。

・医学生時代(2001年)、イギリスの医療を見学したときとは対照的な印象を受けた。「英国病」「ゆりかごから墓場まで」の言葉に代表される様に、高福祉で国民の生活を国家が補償した為に、財政負担の増加や生産効率の低下で大英帝国が疲弊したことは、現在の日本にとって他人事ではないと思う。

  1. 参考:以下、Wikipedia「労働党(英国)」より一部抜粋

福祉政策の充実と基幹産業の国営化は、植民地独立による「大英帝国」の没落とともに国家財政を逼迫させ、経済の悪化をもたらした。
半社会主義国家に自己責任と競争原理を復活させたのが1980年代から1990年代中頃までの保守党政権、「鉄の女」サッチャー首相である。1994年に労働党党首となったトニー・ブレアは既存の福祉政策でもサッチャリズムでもない、自由主義経済と福祉政策の両立を謳った「第三の道」路線を提唱し、労働組合の影響力を大幅に減らした「New Labour(新しい労働党)」をアピールした。これにより、保守党政権によって拡大した所得の格差に不満を持った人々や、長期政権に飽きていた有権者の支持を集めて、1997年の総選挙で大勝。以後、「福祉のニューディール」が進められている。

難民外来(Refugee Clinic
ブータン・ネパール・リベリアなどの国からの難民に対する包括的なスクリーニング。各地域・民族特有の疾患や社会問題などがマニュアル化され、医師は電話による同時通訳の手助けを伴いつつ診療を行う。

・患者数が(アメリカ医療の感覚からすると)非常に多い。
・言語の壁があり、通訳を介しても意味が十分に伝わらず、難民側も医療以外の問題(子供のミルクはもらえますか?住む場所はもらえますか?など)を聞いてきたりする。結果として、一人当たりの診察に長い時間を取られる。一部の患者は、病院で何をしてもらえるのか十分理解出来ていない。
・難民に対する流出国別のスクリーニング制度・マニュアルとしては非常に良く出来ている。(どこの国の人はどういうときに検査で結核・A型肝炎のスクリーニングをしなさい、など。)しかし、数年前から始まった制度とはいえ、医療従事者側は日常のアメリカ式医療に慣れ過ぎており、大量の患者を短時間でどんどん診ていく、というスタイルに慣れていない。別の言い方をすれば、一人当たりに診療時間を掛けすぎているように思えた。

症例カンファレンス(毎週月・火・金の朝)
・研修医による教育目的の症例カンファレンス。
・ディスカッションは若手医師を中心に、ほぼ全員が活発に議論する。指導医は要所の締めなどが中心で、最後に少しレクチャーを加えることもある。

考察:アメリカ式のフリーディスカッションについて
・議論の雰囲気は自由闊達で、日本の臨床での症例提示が、いつの間にか指導医によるトップダウン式の講義になりやすくなるのとは対照的。ただし、必ずしも的を射た発言ばかりが出てくるとは限らない。また、要所で誰かが議論を修正しないと、議論の方向性が予想外の方に飛んでいくこともある。
・医療以外の領域でも、アメリカ社会では作文能力やディスカッション能力が高校生の頃から教育で重視されるのに対し、日本社会では長幼の序や年功序列の文化があり、他人と議論を戦わせるトレーニング形式などは見受ける機会に乏しい。(年少者が年長者の許可無く意見することはタブーであると考える傾向すらある。)結果として、上記のように年長者の言うことを反論することなく黙々と聞くような「症例カンファレンス」は、日本の病院では決して珍しい光景ではない。


4. アメリカと日本の医療制度の比較
Dr.マーカム(TJUの家庭医療学講座臨床教授)のお蔭で、第四週月曜日の症例カンファの時間を使い、「日本における家庭医療学」というタイトルでプレゼンテーションをさせて頂く機会に恵まれた。以下、そのときの資料から一部を抜粋する。
(Wikipedia・OECD report 2005などからデータを一部引用)
表.1 日米比較

Japan

U.S.

人口

127,590,000 (10th)

307,776,000 (3rd)

国内総生産(GDP)

$4.356 trillion (2nd)

$14.441 trillion (1st)

人種構成

98.5% Japanese, 1.5% other

医師総数

290,000

815,000(AMA)

家庭医の数

<1,000

94,600(AAFP)

外国人医師比率

<0.1%

26%

研修プログラム監修組織

(無し)

ACGME

プライマリーケアを担う医師の収入(内科)

$135,000 (1$ = 100 yen)
2yrs after residency
5-6days/wk+on-calls

年間医療訴訟保険費用

$500

表2

 

Average Hospital Stay (days)

Beds / 1000 population

Doctors / 100 Beds

Doctors / 1000 population

Nurses /
100 Beds

Nurses / 1000 population

Japan

36.4

16.5

15.6

2.0

42.8

7.8

U.S.

6.5

3.3

77.8

2.3

230.0

7.9


表3 GDPに占める医療費比率


表4 患者一人当たり支出(年間・米ドル)

表5 患者一人当たり来院回数

なぜ日本では患者一人当たりの来院回数が多いのか?

病院及び診療所:診療点数を得る為。(米国での診察料は2000円以上、日本では730円。)
患者:処方を更に獲得し、医師との面会時間を得るため。
医師のみが再度処方を行える制度であるため。
・一回あたりの診察料が安い。
・外来を予約制にしていない、あるいは予約制に出来ない。
・一回あたりの診察時間が短い。
・Round Nurseなどの職種が存在しない。処方には医師の診察が必要である。

※2009年12月23日、藤井裕久財務相と長妻昭厚労相は23日、2010年度診療報酬改定率を合意した。それにより、薬価を1.23%(薬価ベース5.75%)、材料価格を0.13%それぞれ引き下げ、技術料本体を1.55%引き上げて、全体で0.19%増額することとなった。診療報酬引き上げは2000年度の0.2%増額以来。


5. 考察
今回のエクスターンシップを通し、日米の医療制度について更に考察を深める機会に恵まれた。以下、自分が各制度について思うところを述べていく。

5.1. 米国式医療制度について
財政的背景
GDPにおいて多大な比率(15.3%)を占める。(表3)
患者一人当たりに占めるコストが高い。(表4)

医療制度
・患者一人に対して高い質のサービスを提供できる。
・患者一人当たりの診療時間が長く、特に予防医学領域などの長期的な医療サービスに優れる。
・医療保険が高額である。一部の国民は保険を持つことが出来るが、低所得者は医療保険費用が払えず、医療保険を持つことが出来ない。
・日本のような国民皆保険制度は無い。

生涯医学教育:CME(Continuing Medical Education)
・CMEが一般化・組織化され、社会的に広くサポートされている。例えば、研修医は日常労働で使い倒されて研修が終わらないように、勉強するための時間と余裕はACGMEなどの監修によって社会的に保障されている。日本と違って、医師免許は終生免許ではなく、更新するために勉強し続ける必要がある。
・医師は効率的に医学知識をアップデートできる。結果、社会全体に提供する医療の質を安定させ、高いレベルに維持することに貢献している。
・米国で医師であり続けるためには、常に何らかの試験を通るべく勉強し続けなければならない。このスタイルのCMEを社会制度として維持する為には、金と時間が掛かる「ぜいたくな」医療制度と言える。

労働環境
・(少なくとも、日本人医師から見れば)ワーク・ライフバランスが良い。
・医療従事者が自らの健康を犠牲にして気合と根性で働く、という状況は見られない。
・何らかの基準を統一・組織化し、それを大量生産するという手法が伝統的に目立つ。

その他
・医療チーム全体として、常に高い質のサービスを提供しようという姿勢が目標になっている。(米国では病院の宣伝・商業媒体でのコマーシャルは違法ではなく、地元の電車や野球場などに大きく宣伝文書が出されていることも多い。大抵の場合、広告には病院が提供するサービスの質の高さを売り文句にしている。)

・一旦マニュアル化されたものや、「何々を行うように」と言われたことに対しては仕事を行ってくれる。但し、言われないことについては、それ以上の仕事は期待できない。(例:血圧を測定して、バイタルサインを取ってくれと言えば行ってくれるが、異常値への再測定などは、こちらからキッチリ言わないと絶対にやってくれない。生活習慣指導と運動療法をするようにと言っても、OT・PTに丸投げして自分ではやらない、など。)日本的な以心伝心、空気を読む、気を利かせる、常識的に考えて、などの概念は一切通用しない。日本と同じくらいの質の接客サービスが行われていれば、それは非常にレベルの高いサービスであると考えて良い。

結論
・高いコスト、高い医療の質、高度に組織化された医療制度である。
・一方、全ての国民をカバーするには、質とコストが高すぎる制度でもある。
(最高級のサービスを維持するのは、大人数を診る為には必ずしもベストの選択ではない。数を診るために、質を落として必要最低限の問題のみを拾う、という医療もある。例:救急や災害医療の現場など。)
・患者は質の高い医療サービスを受けることが出来る。(※但し、医療保険を持つ者に限る。)

 

5.2. 日本式医療制度について
財政的背景
・GDPに対する比率が低い(8.0%)。(表3)
・患者一人当たりに占めるコストが安く、OECD30カ国の平均以下。(表4)
・ベッドの数が患者及び医師数に対して多い。(表2)

医療制度
・国民皆保険制度が敷かれている。
・誰でも病院を受診できる一方、行政側から見れば、限られた物的・人的医療資源で多くの患者をカバーしなければならない。

生涯医学教育:CME(Continuing Medical Education)
・米国におけるACGMEのように、研修プログラムを監修する強力な独立機関が無い。
・オンザジョブトレーニング;体を動かして現場で学べ、いちいち手取り足取り教えないので、臨床技術は現場で盗めという研修だけで終わってしまうことも珍しくない。(病院側にとって、この制度は教育に人的資源を割く必要が無いというメリットもある。)
・イギリスのように臨床医学に重点を置いた医学ではなく、ドイツ式の研究室医学を手本としてきた歴史が長い。その結果、臨床に従事する医師のCMEに対する社会的なサポートが弱い。特に医師患者関係など、(日本的な一般常識があれば、常識的に考えて出来るだろう、普通とんでもないことはしないだろう、と考えてしまいそうな)対人関係領域の教育は特に弱い。
・CMEが強制されていない。良く言えば自助努力、悪く言えば放置状態である。極論を言えば、一度医師免許さえ取ってしまえば、その後は勉強しなくても一生既得権益で働いていくことが出来る。さらにアメリカの民間保険会社のように、診療内容に対する査定を厳しく行う機関も無いので、医師がいい加減なカルテ記載、滅茶苦茶な抗生物質の使い方を行っても、それを社会から更正される機会が無い。
・結果として、必要の無い画像検査(CT・MRI・レントゲン)を多く行う者の方が、真面目に勉強してコストを抑えた医療を行う医者よりも高い収入を得ることが出来る。このように必要性に乏しい検査を多く入れる原因は、開業医が診療費を稼ぐためであったり、医師が勉強不足のため検査基準を知らなかったりすることが多い。

技術の進歩のスピードが遅く、情報のアップデートスキルよりも経験量の重要性が高い時代においては、上記のような制度でも国の医療費を抑えるためには有用かもしれない。

労働環境
・被雇用者に対して、日本の伝統的なモラルは“常識”として期待されている。
・明治時代以降の医局制度は医療のギルドとして機能してきた。医局制度はその封建的・官僚的・閉鎖的性格が批判の対象になったが、労働者を競争や解雇から守り、一定水準の医療の質を提供してきた。
・高度に分化した医局制度の弊害として、過度の縄張り意識・縦割り主義が挙げられる。その結果、しばしば医局間の連携に弱く、異なる医局間でのグループトレーニングなどもほとんど見かけない。これは、特に大学病院などの大規模な病院に見られやすい。
・競争に乏しく、一度獲得した資格は更新されない事が多い。(CMEが強制されない。)

・毎日の臨床労働が非常に多忙である。(国民皆保険制度は全ての日本国民をカバーし、患者は頻繁に病院を訪れる。表5を参照。)結果として、医療従事者は過労傾向にある。
・外来では患者が長時間待つことも稀ではない。「3時間待ちの3分診療」は批判の対象としてよく聞かれる文句である。

・外国人の医療労働者が少なく、外国人医師はほとんどいない。外国の医療資源を活用する歴史も制度も浅い。
・制度上、医師しか行えない医療行為が多すぎる。医療職種の分化に乏しく、現代医療に合わせた役割分担に変革するための、行政・法律上の整備努力に乏しい。例えば、アメリカのRound Nurseのように、限定的な条件下で医師と同様の処方を行ったりする職業や、採血専門のナース、病院のボランティアスタッフなども居ない。
・日本の官僚主義制度の弊害として、現行の法律体制を変革するスピードが遅い。医療問題に関しても、社会問題化してからやっと動き始めることが多く、対策は後手に回りやすい。(外国人、特にアメリカ人から見れば、非常に馬鹿馬鹿しく映るかもしれない。)
・医療労働者の燃え尽き症候群、出産育児などに伴うリタイア、さらに過労死などが社会問題となっている。これらの問題の社会的予防措置も、彼らの社会復帰支援も以前と比べると改善される方向にはあるが、まだ問題が解決されるほど十分とは言えない。結果として人的資源の活用効率が悪化している。(現場からドロップアウトする医師が多くなれば、その分他の医師に負担がかかり、チーム全体の診療の質が下がる。他の医師への負担が増すことで次のドロップアウトを生みやすくなり、悪循環となる。)

・積極的に臨床の質を向上させるための、社会政策上の積極的介入は見受けられない。臨床のサービスの質は、完全に現場の医師の個人的努力とモラルに頼られているのが現状である。
・概して、「質の高すぎる」医療サービスは(少なくとも、厚生労働省にとっては)必要とされていない。医師数に対して患者数が多すぎるため、患者の全ての問題を一回の外来で解決するには、患者一人当たりの面会時間が短すぎる。必要最低限の質(安い人件コスト)で、大量の患者を捌いていくという役割の方が期待されている。
・病院側は大量の患者を捌いていくために、サービスの質を切り下げ、患者一人当たりの面会時間を短縮せざるを得ない。救急や災害現場での医療を想像してみれば、その意図がわかり易いかもしれない。「質を落として、量を診ろ」ということである。

その他
・日本の文化背景として、質の高い接客サービスは病院からも患者からも、当然のように期待されている。

結論
・国民皆保険制度により、すべての国民が医療サービスを受けられる。
・コストが安く、そこそこの質の医療制度。高度に縦割りされたトップダウン式のシステム。既存のルールを守っていくことに長けている一方、新しい概念への変化に弱く、柔軟性に欠ける傾向がある。


6. 日本の国民皆保険制度下における臨床の質の維持について
上述の各医療制度への見解を元に、日本の国民皆保険制度下における臨床サービスの質の維持に関する戦略について、以下、私的な考察を述べていきたいと思う。

現在の問題点
今回のエクスターンシップの期間中、TJUにおいて様々な臨床現場に立ち会い、日本の臨床医学の制度的問題点に幾つか気付くことができた。その中でも私が最も重大な問題と感じたのは、日本には包括的な生涯医学教育(CME)が制度として欠如しているという点である。具体的には、下記のような臨床サービスの質の低下に繋がっていると思われる。

1.コモン・ディジーズ(臨床で頻繁に遭遇する疾患)に対する治療が現場で統一されていない。(例:高血圧・糖尿病・喘息のような疾患に対する処方方針が、医師によってバラバラである。)
2.感染症分野など、19世紀までのドイツ式医学に無く、新規に登場してきた領域に弱い。(例:HIVの診断をいつ、どのようなハイリスク群に行うか、など。)また、そのような新しい医学知識をアップデートするスピードも遅い。(例:新型インフルエンザ対策)

また、救急専門医と家庭医療専門医などのプライマリーケアに携わる医師を、専門家として教育する制度と歴史が浅い。(家庭医療に至っては、2009年7月にわが国初の認定医が14名誕生したばかりである。)結果として、現在でもジェネラリストとしての十分なトレーニングを積んでいいない医師が何時でも開業でき、臨床の質が向上しない原因の一つとなっている。

現在の法体制では、毎日特定の臓器の医療トレーニングばかり受けていた医師が、ジェネラリストとして何の訓練も積まずに開業できてしまう。その結果、自称ジェネラリストたちの診療の質の低さに起因する粗悪な診療を受けている症例は全国で問題となっており、特に地方でのプライマリーケアの現場事情は、目を覆いたくなる有様である。

例えば、感冒に対し、起炎菌・ウイルスに対するフォーカスの無い抗生物質を始めとする必要性に乏しい薬が大量投与されている症例から、ひどい例では夜間救急で受診したが帰宅させられた心筋梗塞や虫垂炎の症例など、今日の臨床現場では決して珍しいことではない。地域の基幹病院や大学病院などで勤務したことがある先生であれば、容態の安定した患者を紹介先に返したくても、先方の診療内容が余りにも酷すぎるために不安で返せない、という経験をした方も少なくないと思う。
2009年の総選挙後、厚生労働省は従来の方針を転換し、医師数の増加計画を打ち出した。その背景には医師不足、特に国民皆保険制度に伴う大量の患者数に対する、医療資源・医療従事者の相対的不足が背景にある。医師数が患者数に対して相対的に少なく、(表2)患者は頻繁に病院に通っている(表5)。そして現在、この社会問題は「医師不足」「医療崩壊」といったキャッチフレーズと共に、広く世間一般にも知られる問題となった。

一方で、臨床の質をどのように維持していくか、に関する議論は現在ほとんど聞かれない。しかし、医師数の問題が解決されたとき、これが次の重要な問題となると思われる。そして、教育には金だけではなく時間が掛かるため、この問題が社会問題化した場合、早急には解決できないであろう。

国が求める医療の質と背景
厚生労働省の視点から見れば、国民に下記のようなサービスを提供することが重要である。

  1. 少なくとも国民から不満が出ない程度の質の医療。
  2. コストを抑えつつ、限られた予算の範囲内で、より質の高い医療。

(高い教育を受けた国民がより長生きして働けるようになれば、彼らはより長い間税金を払うことができる。これは国家にとってはプラスになる。一方、平均寿命が見た目上伸びたとしても、国民が働けない状態であれば税金を支払えず、医療費のみに負担がかかる。これは国家にとってマイナスになる。そこで、コストパフォーマンスを評価する必要が出てくる。)

ドイツ型の研究室医学を採用した19世紀以降、日本の医局制度は近代の医療ギルドとしての役割を果たして来た。そして、近代ヨーロッパのギルドがそうだったように、その医局制度は一定の質を維持するための教育を提供してきた。この制度は、大量の資金を背景に臨床スキルに重点を置いた医師を量産するものではなかったが、限られた予算の中で、ある程度の質の医師を提供してきた。この意味で、20世紀の日本の医局制度は厚生省(現・厚生労働省)の要求を満たすことに成功してきたと思われる。

しかし、20世紀末に向けて、医局制度はしばしば批判の的となった。この制度のために、人的資源の動きが阻害され、医療の技術革新や標準化を立ち遅らせていると思われた為である。2004年、厚生労働省は新しい臨床研修制度を開始し、プライマリーケアを中心とした幅広い診療能力の習得を目的として、2年間の臨床研修を義務化するとともに、適正な給与の支給と研修中のアルバイトの禁止などが定められた。それ以来、情勢は劇的に変化してきている。
その一方で、初期研修を終えた医師たちは、未だに生涯医学教育を社会的に強制されていない。また、医師数の相対的不足から、社会が生涯医学教育を強制できるほど人的資源に余裕が無く、現場は慢性的な労働力不足にある。このような状況から、数的な問題が解決されないうちは、行政側も医療の質の改善に対し、本格的な対策は入れられないであろう。

※参考:以下、「研修医」についてWikipediaより一部抜粋
マッチング制度の導入によって、医学生が研修先を自由に選べるようになった結果、研修医は一部の人気のある病院に集中し、人気の無い病院、特に地方の医師数は(病院数および患者数に対して)決定的に不足している。さらに、研修医のアルバイトが禁じられることで、夜間および休日の当直業務を行う医師の確保が非常に困難となっている。また、労働力としての研修医を多く抱えることのできなくなった大学病院が人手確保のため関連病院へ派遣した医師を引き上げ始めており、人口過疎地では医療そのものが成り立たなくなるなどの問題も出始めている。このため、2009年4月より、大学病院に限り、地域医療に影響を及ぼしている診療科について、特別コースに基づいた研修プログラムを実施できるようになる。また、2010年4月からは臨床研修の必修科目を内科や救急など数科目に絞り、期間を実質1年間に短縮し、2年目から志望科で研修させることで医師不足に対応するプログラムを実施する予定である。

もっとも、今までの医局人事が崩壊しつつあることで、病院の経営者である医療法人や地方自治体は地元医学部に気を使うことなく採用活動を行うことが可能になり、特に地方の病院は新人研修医に対して各大学で説明会を開催し、病院見学会を行うなど積極的な求人活動を行うようになった。今までのブラックボックス的医局人事を捨て、病院経営者による自主的な人事権の行使による公正な病院作りが可能となるか、注目されている。

次の段階について
上述のように、日本の医療制度そのものが、現在大きな変革期にある。現行の国民皆保険制度下においては、アメリカ式のCMEはあまりにもコストが掛かりすぎ、これを100%真似するのは現実的とは言えない。比較的安く底上げ式のCMEを維持できるという利点があることから、従来の医局制度は、今までよりも影響力を弱めてはいるものの、引き続き制度としては有用性を失わないであろう。

現段階において、厚生労働省にとって最も重要な課題は、医療費の抑制にある。したがって、上述のような問題点はありながらも、厚生労働省がCMEに対して大きな予算を割くとは考えにくい。かつて2008年まで医師不足に対し何の対策も打たなかった(それどころか、10年前までは医師過剰を主張していた)ように、医療サービスの質がさらに低下し、国民から不満が出る程に社会問題化するまで、行政の方針は変わらないと思われる。

日本にはACGMEのように、研修の質に関して監査する強力な機関は無い。しかし、一部の教育病院では、質の高いCMEに投資することが可能であるため、次世代の医学教育において先導的な役割を果たすと思われる。米国式の医学教育はこのような恵まれた環境にある病院において、初めてその長所を発揮する余地があるであろう。

 


フィラデルフィア美術館前
映画「ロッキー」で有名な正面階段シーンの場所より


7. 謝辞
今回、野口医学研究所のおかげで、トーマスジェファソン大学(TJU)病院に招待して頂き、大変ありがたく思います。アメリカの大都市にある大学病院での臨床経験は、自分にとって今回が初めてでした。TJUのスタッフの方々と一緒に働くのは楽しい経験でした。

今回のプログラムを通じ、大変有意義な経験を積むことができました。また、米国式の医療経験を積むだけではなく、米国と日本との医療制度の違いについても考える機会に恵まれました。

今回特にお世話になった野口医学研究所のマイケル・ケニー氏、浅野会長、TJU家庭医療学講座のマーカム先生、TJU名誉医学部長のゴネラ先生、そして野口医学研究所およびTJUスタッフの皆様に感謝の気持ちを表したく思います。

 

ナショナル・メディカル・クリニック(東京都広尾)
Family Medicine
新井 大宏


8. 今後TJUでエクスターンをする皆さんへのアドバイス
今回のエクスターン中、現地での生活中に気がついたことを書き留めておきます。
皆様にとって、お役に立てれば幸いです。(注:2009年11月現在の情報です。)

10月のフィラデルフィアは雨が多い。現地では傘を買うことになると思う。ビルの隙間風が結構強く、ヤワな折りたたみ傘では折れてしまう。

アメリカの食事事情の例に漏れず、フィラデルフィアでも野菜が高く、肉が安い。ノンシュガーの飲料は、水以外には見つけづらい。宿泊するマーティン・ビルディングの向かいにあるPharmacyではリプトンの緑茶パックを売っている。飲料水をマグカップに入れてレンジすればお湯は自分の部屋で確保できる。これで甘ったるい飲料地獄から多少は開放される。

マーケットプレイスまで行けば、比較的安価に野菜や果物、さらに海産物まで購入できる。TJUのIDを見せると、水曜日と日曜日は値引きしてくれる店もある。

TJU図書館のログインIDを作成してもらうまで、自分のノートパソコンからインターネットを使うためには、大学病院のTemporal ID に登録して図書館で使うか、大学以外の有料回線を使うことになる。なお、駅や大学の近くにあるFedEx/Kinko’sの有線やマリオットホテル一階の無線LAN(Wi-Fi)などは、手間が少なくて使い易い。

大学の図書館のゲストIDを登録後、自分のノートパソコンから無料で無線LAN回線が使えるようになる。図書館2階の受付に問い合せると、ノートパソコンでのOS別の設定マニュアルを貸してもらえるので、実習が始まる前に接続の設定をしてしまおう。マーティン・ビルディングの自室から毎日インターネットが使えると、かなり生活が楽になる。

レポートの骨格は現地にいる時から作り始めておいた方が、後で楽に作成出来る。帰国してから一週間位は時差で頭が働きづらい。社会人の方は、帰国してから仕事をしながらレポートを書くのは時間的にかなり辛いはず。2週間などあっという間に過ぎてしまうので、感じたことや考えたことは、極力新鮮なうちに書き出してしまうことを勧める。

当たり前の事だが、礼儀正しく、現地でのマナーを守って欲しい。野口医学研究所以外にも、日本の大学病院を含め、世界各地から医師・看護師・医学生などがTJUを訪れている。お客様扱いをされることもあると思うが、患者さんや事情を知らないTJUのスタッフからは、あなたもスタッフの一員として見られている。本気でお客様にならないように。

 

 

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