米国財団法人 野口医科学研究所

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TOP  財団設立25周年記念誌

寄稿
 新たなる時代への展望
                                  野口医学研究所 常務理事
                                    トーマスジェファーソン大学 准教授 津田 武

米国財団の野口医学研究所は、日米間の医学交流を積極的に支援する目的で1983年ペンシルバニア州フィラデルフィアにて設立された非営利公共財団Non-Profit Organization (NPO)であり、1985年には州政府より当財団への寄付行為に対する免税措置を認められた。当財団設立の背景には、1980年代よりアメリカでも自国内の医師供給過剰の懸念が大きくなり、アメリカ側が外国人医師の国内流入の規制を徐々に強化してきたという状況があった。それまでの日本と米国の関係は、「医学交流」という対等な立場からは程遠く、日本が「豊かな」進んだ米国医学を一方的に移入してきたと言うのがより的確な見解であろう。我々の先人達は、進んだ医学の各論の知識やノウハウを精力的に学びはしたが、そのような進んだ医学を産み出した基盤となるべき「規範」とか「文明」とは一体何なのかという本質的な問いまでは敢えて追究しなかったように思える。日本がまだ物質的にも豊かでなかった時代のせいもあり、物事の本質を深く考察する余裕はなかったのかも知れない。また日本の医学界は、米国で研修・研究した者たちが彼我の医学における本質的な違いを問わないことをむしろ歓迎したようだった。このことがアメリカでの最新医学の知識や情報の日本への移入を容易にし日本の医学界の急速な成長を促した反面、明治時代から続いてきた大学医学部医局講座を中心としたパラダイムは依然従来の殻から進化することができず、自らが自らの意思で変革しうる貴重な機会を失ったとも言える。厳しい評価をするようだが、この時期に米国から「学んだこと」と「学ばなかったこと」が現在の日本の医療が直面している諸問題の発現と深く関与しているように思えてならない。


米国医学の1940年以降の急激な発展は、単にアメリカ社会の圧倒的な経済的豊かさや文化的優位の副産物によるものなのではなく、アメリカ医学界の人間が優れた医学教育追及のために積極的に科学的な医学を導入し、論理的な基盤を確立し、医学研究と医療に対する膨大な投資を行い、真摯な議論を繰り返しその実現とために多大な努力をしたことに起因するものである。この医学界の努力は、医学界におけるあらゆる評価に関して他者からの公正な批判を積極的に取り入れるPeer Reviewの制度を導入しそれを確立したことにも見ることができる。この厳しい努力なくしては、アメリカ医学のこの躍進はありえなかった。またこれらの目標を成し遂げるために、米国は世界中から多くの優れた新進気鋭の医師達を招き自国の医学レベルの発展に利用した。この方策により日本からも臨床医が渡米して臨床研修を受ける恩恵に与った。彼らが後に帰国して医学界での指導的立場で活躍したことが、進んだ米国医学の日本への円滑な移入に貢献した。日本における医学の発展は、遣唐使に始まり長崎出島でのオランダ医学など海外からの流入なくしては有り得なかった。明治維新以降では実験医学を重視したドイツ医学を輸入し、これが日本における大学医学部のその後の医学教育の標準となったが、戦後はベッドサイドでの臨床教育を主体とし個々の経験よりも科学的な論理性を尊重する米国医学が優勢となり、医学用語もドイツ語から英語に切り替わった。しかしながら米国医学の本質である臨床における「科学性・論理性」や「生命倫理」という概念までは十分に理解・導入されなかったように思える。これらの概念の重要性を新たに理解することが、今日日本の医療が直面している諸問題を解決する端緒になるのではないかと考えている。

野口医学研究所が創立されて以来約四半世紀が過ぎかつては想像できなかった今日の日本の医学を取り巻く社会の急激な変容には我々も実際驚愕を禁じえない。この社会の変容は、インターネットの普及に伴う情報の公開・共有化、科学技術の著しい進歩、世界のグローバリゼーションに伴う多様なる価値観の出現と共存、あらゆる産業における競争原理・資本主義の導入という荒波が従来比較的閉鎖的だった日本社会を席巻し、その結果然るべき「文化・価値革命」が引き起されたと認識すべきであろう。「個」を「集団」の利益のために犠牲とすることを「是」とした従来の規範は、今日の若い人達には受け入れられなくなってきた。医療の現場では、これまでの伝統的価値観が大きな困難に直面しており、これがそこに属する人達の間で混迷と自信喪失の原因になっている。今日しばしば耳にする「医療崩壊」という現象も、この大きな時代の変化の一現象に過ぎない。また自由競争原理の一般社会への無遠慮な乱入が、従来の「一億総中流階級」を崩壊させ、新たなる社会的弱者層を形成した。限られた資源を仲良く分かち合って我慢しあって助け合うことを「美」とした従来の日本の社会が、勝敗を明らかにする資本主義的自由競争に翻弄されている。現在の日本のメディアは、表面的な現象を徒らに扇動するだけに終始し、問題の本質を提示し議論しようとする本来の報道の姿勢から不幸にも逸脱してしまっている。我々が認識しなければならないのは、現在の日本の社会が直面している困難は、まさに次の時代を構築する上での貴重な試練であるという事実である。この困難を乗り越える熱意と努力こそが次の時代を構成する規範を作り上げる。しかしながら日本人としてのアイデンティティIdentityと自信Confidenceの喪失は、この過程を必要以上に難しくしているように思える。

現代という時代が創り出したこの「困難」とは、何も日本だけに限られた問題なのではなく、多少の問題の差こそあれ現代文明が生み出した人類共通の「課題」なのである。これまでの歴史上どんな時代にも「困難」の存在しなかった時代はなかった。その時代の「困難」を乗り越えることにより人類はその都度新しい文明を築き上げてきた。「困難」とは、実は新たなる「進化」のため貴重な「機会」であることを忘れてはならない。我々は、現代という時代がもたらした「困難」をまず正視し、それを克服すべく地道な努力を続けることにより日本人として新たなアイデンティティと自信を得ることができるであろう。その努力の過程において、今後は益々国境を越えた交流Interactionと協力Collaborationが必要とされる。我々がこれまでの日米医学交流で学んできた経験と実績は、これからはもうひとつ高いレベルの課題の解決に向けて発展すべきであろう。高いレベルのアプローチとは、あらゆる現象を生み出す「文明」そのものの理解への努力である。それには、もっと新しい若い「血」とOrganized Activitiesが必要となってくる。野口医学研究所設立25年を契機として、我々は全く新しい視点での「医学交流」を捉えていく、更には「医学交流」を越えた活動を主導していく必要がある。今もこれからも「時代」は絶え間なく動いていくだろう。そして我々の視野には次々と新しい展望が顕れてくるだろう。野口医学研究所は、これからも激動する時代の中から常に「時代」が求める新しいメッセージを発していきたい。