米国財団法人 野口医科学研究所

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留学体験記
 米国での臨床留学から次のステップへ
                                     聖マリアンナ医科大学 救命救急センター
                                       医長 藤谷 茂樹

野口医学研究所との出会いは1997年に遡る。私が、将来の進路に迷っているときに手にした1冊の本、それが「臨床留学への道」佐藤隆美先生著である。私と同窓(自治医科大学)で9年の義務年限を終え米国で活躍されている先生がいることを知り、いてもたってもいられなくなり、米国の佐藤先生へ電話での問い合わせをした。それまで米国での臨床留学などを考える環境にはいなかったのでとても刺激的であった。野口医学研究所の交換留学の選考会を1998年に受け、ハワイ大学関連病院、トーマスジェファーソン大学病院での短期研修を受け、最終的には2000年にハワイ大学内科レジデンシープログラムへマッチングした。


昨年6月に7年間の米国での臨床留学を終え日本に帰国した。この間、米国内科専門医、集中治療専門医、感染症専門医を取得した。なぜこのようにトレーニングをしてきたかにはわけ(いや夢である)がある。その夢を米国での臨床留学を糧にしてどのように今後に向けて戦略を立てるか(これがレジデントの時にいやというほど叩き込まれたAssessment and Plan)を考えると非常にわくわくしてしまう。この私の目標を実現すべく、米国で何を学んで何を日本へ還元できるかについて述べることにする。


ハワイでの研修

8年前に、米国の医療事情をあまり知らないまま渡米することになる。ビザがレジデンシープログラムの開始になるぎりぎりまで発行されなかった。この開始時期の遅れと元来外科医であったための知識不足、英語でのコミュニケーションの問題があり、苦戦するはめになってしまった。1年の非常に苦しい時期(黎明期)を乗り越えてからは、自分のすべきことが少しずつ見えはじめてきた。暗中模索状態から、急に視野が開けてきたような感じである。ここでアメリカのすばらしさとして、いろいろなキャリア、バックグランドを持っている医師がいるため、日本で研修医をするのとは異なり、年齢的なことを考慮せずにみんな平等に扱ってくれた。ここでの医学生、インターン、研修医の屋根瓦式の教育システムを学ぶことができたのは、また、教育に専念している医師と一緒に働くことができたのは非常に大きな財産となった。まさに今医学教育をしている礎となっている。最終年には、3年間の努力が評価され、Resident of the yearの栄誉をいただくことができた。


ピッツバーグでの研修

紆余曲折しながらも、ピッツバーグ大学の集中治療フェローシップにいくことができた。私にとってやっとライフワークになる天職にたどり着くことができた。このプログラムで、カバーするICUベッド数がトータルで140もあったので、様々な重篤な患者を短期間に効率よく経験することができた。ここで、私の恩師であるDr. Victor Yuとの出会いで私の人生がさらに好転?(今から考えるとだが)した。彼は、中国系アメリカ人で、感染症学会の中で知らない人はいないぐらい著名な感染症医である。彼に1年間どのようにしてacademic paper を書くかの手ほどきを受けた。このことがきっかけとなり、集中治療域における感染症に興味を持つことになった。


UCLA-VAでの研修

感染症の面白さにはまった2年間であった。日本では到底診ることのできない疾患、患者数を経験できたことは、集中治療をするうえで私の武器になっている。集中治療は、患者の生命を守ることに主眼を置いているので、抗菌薬の使用に関しては広域にならざるを得ない。一方、感染症医は、患者の短期はもちろん、中期、長期、院内の感染制御のことまでも考慮に入れた最善の治療をしなければならない。広域に抗生剤を使用するのは誰にでもできるが、どれだけ狭域にできるかが感染症医の腕のみせ所である。集中治療と感染症、切っても切り離すことのできない領域であり、お互い利益(言い分)が異なり、摩擦をきたす可能性がある領域でもある。バランスのとれた集中治療医になるため、両者を学ぶことは非常に有益であった。私のこのプログラムでのプロジェクトとして、ケースカンファレンス(毎週3施設から教育になりそうな3症例を発表)があったのだが、その症例をレントゲン画像、病理画像なども含め全て決まったフォーマットでパワーポイントを用いて作成するようにし、私が全て編集し、プログラムのホームページに掲載するようにした。また、Mandell's Principles and Practices of Infection Diseases  という感染症学の聖書をフェローで輪読するのだが、その輪読したものをワードドキュメント、画像はパワーポイントで作りホームページに掲載をするようにした。このシステムをプログラムに残すことで、我々も毎年up dateされる内容を見ることができ、日本にいながらリアルタイムで米国感染症プログラムのカンファレンスの内容を勉強をすることができる。また、プログラムとしても資料の管理ができるということで両者のメリットになる。まさにwin-win situationである。


野口医学研究所冬季交換留学セミナーのコーディネーターを経験して

2006年12月にフェロー最終年に野口医学研究所冬季交換留学セミナーのコーディネーターを引き受けることにした。私としては、この時点まで来られたことは、野口医学研究所の援助なくしてはできなかったと思っている。一番つらかったのは、レジデンシーに入り込むまでのプロセスであった。ハワイ大学関連病院、トーマスジェファーソン大学病院での短期研修の場を提供してくださったのが野口医学研究所であり、個人的に指導してくださったのが[臨床留学の道]の編集責任者であり、野口医学研究所理事でもある佐藤隆美先生である。フェローと同時進行であったが、このプログラムのコーディネーターを無事務め、若手医師に少しでも自分たちの学んだことを共有することができたと自己満足をしている。


聖マリアンナ医科大学から日本への発信をどのようにしていくか

私は、日本に帰国してからの就職場所を大学病院に選んだ。それは、大学病院から情報を発信したほうが、私が今まで米国で学んできたことをより多くの人に還元できると思ったからである。それは、非常にチャレンジングなことだとははじめから覚悟はしていた。いくつものハードルを乗りこえ、プログラム自体もやっと起動に乗り始め、日本全国から見学者が集まり、情報を発信できるようになってきた。私が代表世話人となり、若手の医師へ世界標準の知識を普及させるために日本集中治療教育医学研究会(Japanese Society of Education for Physicians and Trainees for Intensive Care;JSEPTIC)を新しく立ち上げた。この会のきっかけは、ある時一通のメールが流れてきたことに端を発する。その内容は、日本でも有数の研修病院の若手医師が、集中治療室に入院中の患者に標準的な治療が行われているか疑心暗鬼状態でとても困っているといった内容であった。日本に帰国後ちょうど1年が経過し、そろそろ集中治療の標準化をするための全国的な活動を始めようと思っていた最中の出来事であった。米国で研修を受けた臨床感染症医を中心にすでに日本で成功しているIDATEN(日本感染症教育研究会)という会の手法を用いることで、あっという間に構想がまとまり、会の規約ができあがった。初めは3人で立ち上げ、設立が平成20年3月26日であった。その後6ヶ月経たずして、700名もの会員が主旨に賛同して入会してくれた。世話人は、米国・海外で臨床トレーニングを受けた人たちが中心であり、会員はイギリス、カナダ、米国、オーストラリアなど、職種は、学生、看護師、臨床研修医、医師、技師など非常に多彩である。会員、世話人は米国感染症、集中治療、呼吸器、小児科、小児集中治療の専門医からなりっている。まさに「チーム医療」を将来実践する上で有用な会になろうとしている。第1回の日本集中治療教育医学研究会総会を平成20年9月20日に開催した。総会の内容は、集中治療学の標準化を図るため、下記のような内容で行われた。

【1】米国式ジャーナルクラブ
英語文献を批判的に吟味して、自分たちの施設で文献内容のプロトコールが可能かどうか検討する。単なる抄読会(英訳をすること)ではなく、自分たちがどのように研究デザインを組むべきかなどを議論した。
【2】M&M(死亡症例・重症症例カンファレンス)
死亡症例や重症症例、インシデント、アクシデント、ヒヤリハット症例などの原因追及と今後の防止策などを出席者で話し合い、各施設での今後の教訓とし、対策を立てるためにデモとM&M症例の集積方法を示した。
【3】レクチャーシリーズ
日本集中治療教育医学研究会世話人の中から、各分野の専門家による講義を行う。内容は集中治療学の基本的な診療や治療戦略など、現場で役立つ内容とする。第一回は、私が標準的なICU回診ということで講演を行った。

この総会には、台風13号の接近にもかかわらず、北は北海道から南は沖縄まで80名を越える若き医師らが参加された。日本には正しい医療、よりよい医療をしたいと思っているモチベーションの高い医療従事者が非常に多くいることが伺える。


すばらしい仲間との出会い

このJSEPTICの立ち上げるのに一人でここまでの組織を築き上げることはできなかった。標準的な集中治療学を教え、もっと日本でも人気のある科にしようということで、同じ志を持つ元群馬大学麻酔科集中治療部の林淑朗先生と自治医大さいたま医療センター集中治療部の讃井将満先生との2人との出会いでこの会は急速に発展していった。JSEPTICの具体的な活動内容としては、下記のごとくである。

  1.  ●機関紙“Intensivist”の年4回の発行

 ●SCCMが主催しているfundamental critical care support (FCCS)のような
  ワークショップの日本での開催

  1.  ●年1回の総会と特別講演

  2.  ●年2回の学生、研修医、臨床医を対象とする集中治療セミナー

  3.  ●年3回の米国式ケースカンファレンス、M&M

  4.  ●メーリングリストの運営

  5.  ●多施設合同後期研修フェローシップの確立

  6.  ●集中治療領域における臨床研究


この活動内容の中で、上記7つを実現することができた。残すところは、最後の項目“集中治療領域における臨床研究”のみとなった。現在既に私の下にいるフェローと研究内容の詰めをしていく段階であり、上記の項目を満たすのも時間の問題となっている。

以上私が米国で何を学び、今後日本にどのように還元していくかの概要を駆け足で示した。最後に、自分一人でここまで来られたわけでなく、迷惑をかけた家族、応援してくださった野口医学研究所に感謝の念を忘れてはならない。