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1. はじめに
野口医学研究所が設立20周年を迎えられたことに、先ず以って心からの祝意を表する。医学、歯学、薬学、看護学の若い学徒のアメリカ留学を支援し、その育成を基本方針とする崇高な理念のもとで、野口英世博士の偉業を顕彰しつつ、国際的に活動してきた実績は輝かしく、敬服すべきものと考えている。小生と当研究所との縁は、そう長いものではなく、ようやく3年に達してきたところである。研究所の活動の上で、薬理学や漢方の知識が必要だからということで、大学を停年退官した折に、顧問であられた先輩教授のご推挙で、支援グループの末席をけがすことになった。なるほど、研究所の資金調達活動の中で、薬学的な意味でのクスリの知識、漢方の知識が必要となる事が多々あり、少しはお役に立てることがありそうな気がしてきたところである。日頃、研究所の若い看護師、栄養士、臨床検査技師など高度の専門家が、強い責任感で仕事に当たっておられ、その上で生ずる専門的な問題点についてアドバイスを求めてこられるので、こちらの対応も、つい熱が入ってしまう。また、所長はじめ幹部職員も、困難な経済事情の中で、目的達成のために骨身を惜しまず知恵を絞り、身体を動かして努力しておられるのを見ているので、自分の役割分担も快く感じつつ過ごしてきた。しかし、住み慣れた大学の研究の場と異なり、経済活動の責任を伴う仕事は、はたから見ている以上に大変な仕事と感じている。特に、医療、健康に関わる問題は、大きな社会的意義を有すると共に、その責任も計り知れないものがある。研究所の存在意義と将来は、この点を見誤らない点にかかっている。
2. 高齢社会の前途にあるもの
この稿を進める折しも、世は総選挙戦の真っ只中に突入した。どの政党も、耳に快く、目に綾なす公約を掲げて、集票に余念がない。だが、言葉は飾っても、厳しい武力抗争が絶え間ない世界情勢の中、平和ボケして自分の周囲しか目に入らなくなった日本社会をまとめてゆくことは、どの政党にとっても容易な業ではないであろう。しかし、彼らといえども、健康社会を築きたいとの公約は忘れずに付け加えている。世の中がどう変わっても、古今東西を通じて、人々の生活の基本、幸福の土台が健康にあることは変わらない。特にわが国では、各方面に不満が鬱積しているように云われるが、一方では、世界最高の長寿社会を達成してしまった。幸福感を健康という物差しで計れば、日本は世界で最も幸せに満ちた社会を創りつつあると見ることもできるのである。だがこのことは反面、人類未曾有の長い高齢人生をいかに過ごすかという重大な命題について、前例のない方程式を考え出し、これに我々自身が解答を導き出さねばならない立場に突入したことも意味している。生命科学が進歩して、遺伝子の本体と機能の解析が窮極に達し、生命過程の全設計図が完成すれば、あらゆる疾病の対策が整うというような未来図を描くむきもないではないが、所詮それは無限遠方の目標であろう。プログラム死というような言葉が発明される半面で、輪廻転生という概念も蘇ってきている。それだけ幸福の原点にはゆらぎが生じているのである。創設のはじめから、世界的視野で健康と幸福の問題に取り組んできた野口医学研究所の眼は、単に最新医学の面だけでなく、生活の質「クオリティーオブライフ:QOL」も包括して活動してきている点に敬意を表したい。
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3. 健康自己管理の意識の高まり
わが国の高齢社会の達成は、医学の進歩と共に、社会制度、医療制度の恩恵によるところが大きいことは言をまたないが、経済成長に伴う個人の健康意識の高まりも大きな要素になっている。身体が資本という打算と共に、衣食住の満足りた生活には、その上に健康が不可欠という当然の認識が重みを増してきた。その結果、健康のためには涙ぐましい筋肉トレーニングやカロリー制限の努力に耐え、健康食品やサプリメントへの高額の負担も惜しみなく費やすようになってきた。高齢者である私の中学、高校のクラス会となれば、私はクスリの専門家として、ハーブや漢方薬の使い方などに関する健康相談役に仕立て上げられ、頼りにされるのが常である。こんなところからも、高齢社会の関心の中心が健康にあることが身に沁みて感じ取れる。病気になってからの治療も大切であるが、病気にかからないための健康自己管理は、文字通り自己責任に委ねられるので、各人が自分の生活に合わせての情報収集に熱中するのも頷ける。この趨勢を巧みに捉えたテレビ番組が大変な人気で、ここに取り上げられた食品やサプリメントが、その日のうちにスーパーの棚から姿を消すとも聞いている。何事にも行き過ぎは禁物だが、健康自己管理、転ばぬ先の杖を意識する風潮は正しく伸ばしてゆけば、さらに健康社会の理想に近づく道につながると考えられる。しかし、「正しく伸ばす」方策については整備が十分とはいえない。怪しげな健康機器や健康を害するのみの健康食品などが氾濫して、健康志向の一般人を惑わせ、健康被害と余分な負担を強いている。従って、このような中での良い相談役が必要である。病気のことなら医師、薬剤師に相談できるが、健康に関しては誰に聞けばよいのであろうか。健康自己管理といっても、これからはいろいろと予期せざる問題が起こってきそうに思われてならない。野口医学研究所はこの面にも視野を広げて活動している。
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4. 未病を治す漢方の概念と現代医学の変化の兆し
現在のがん治療は、ほとんど無効なばかりでなく、有害な医療であると断ずる著書が最近話題を集めている。がん手術や抗がん薬、放射線治療も全て、身体に本来備わった自己防御機構を弱めて、結果として寿命を縮めているというショッキングな内容である。アトピーやアレルギーのステロイド治療も有害以外の何者でもないと言う。著者はわが国の現役の世界的免疫学者であり、高度の分子生物学、免疫学と臨床経験に基づいた、科学的根拠と理論に裏付けられた説得力のある主張である。私もこの主張には納得している一人である。しかしそれでは、患者はどうすればよいのか。この面でのこの本の著者の解答は、正直言って多くの弱点を持っている。決め手を、ストレス解消、免疫力増強、それに普段からの健康自己管理が重要と説く。そして、漢方医学もこの面から見直す価値があると認めている。この点、攻撃的論旨に比べて守りの面は若干迫力を欠いている。しかし、私にはこの弱点をあげつらう気持ちは毛頭なく、むしろ、この主張には漢方医学の「未病を治す」という概念に、日本の西洋医学が回帰してきたように思えて好感を持っている。そして、この著者には日本の医療を大きく変える力があると信じている。健康自己管理の方法の大きな指針もこの辺にありそうである。ごく最近、漢方医学、漢方薬が医学・薬学教育のコアカリキュラムとして扱われることが公に決定された。明治以来、表むき姿を消していた漢方医学・漢方薬が、確固として現代医学の表舞台に蘇ったのである。ここに到る過程で、私は富山医科薬科大学和漢薬研究所在任時代を中心に、その後の研究生活を含めて、和漢薬の近代化に微力を尽くしてきた。この立場から、天然薬物、漢方薬の活用が健康自己管理の手段の一つとして一般化することは望ましい方向と考えている。世界の民族薬物を含めた伝統医薬は、西洋医学に不十分な自己防衛力、自然抵抗力の保持、増強の面において有用である証拠が近年急速に蓄積されてきた。野口医学研究所はこの「未病を治す」方法を標的に、関連する研究や産業を支援する方針をもって活動している。
5. おわりに
多数の意欲に満ち溢れた気鋭の若い医療関係者がアメリカで修業することを支援し、又、世界医療のネットワークを構築して、各国の医療とわが国の関連領域を結び付けて、人々の健康を守ることに貢献してきた野口医学研究所の活動は、研究所員並びに関係者の熱意によって、幾多の困難を乗り越えて益々充実してきた。それに伴い、その役割も年々重くなってゆくと思われる。この流れを、近く紙幣の肖像画として我々の財布の中を出入りし、より一層身近な存在となる野口英世博士に満足していただけるようにすることが、全ての関係者の責務であると考えなければならない。
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