米国にきてからかれこれ9年の月日がすぎてしまいましたが、振り返れば長くもあり短くもあったような気がします。私は現在ミズーリ大学カンサスシティ校(以降UMKCと表記)の呼吸器集中治療内科のスタッフとして臨床を行い、また大学の指導教官(Docent)としての仕事につき、またそのかたわらでリサーチと三足のわらじを履いている次第です。それぞれの役割での仕事の内容を述べようと思います。
米国の医学部教員の仕事
まず、お話ししたいのが米国大学の指導教官としての仕事内容です。UMKCでは米国では珍しく高校卒業後に入学できる6年制の医学校なのですが、私はそこで4年生から6年生の12人の医学生の担当教官を任されています。私が彼らを指導するのは週1回の内科外来ですが、1年のうち2カ月間はそれら12人の学生、それにレジデントとインターンを加えたスタッフで20〜25人の入院患者を受け持ちます。このような臨床研修を経験させた上で、私は彼らの一人一人と年に2回面談し、査定を行っています。医学生の研修は4年生から始まるので、米国の医学生は3年間のうち6カ月を一般内科の入院患者の臨床に、さらに3年間の間、週に半日を外来患者の臨床に充てていることになります。また、学生の指導はすべて教官が教えるわけではなく、低学年(ジュニア)の頃は高学年(シニア)とペアを組ませて基本的な能力を磨かせ、シニアの学生にはインターンやレジデントが教える、というような役割分担が出来ています。このシステムはどちらかというとプライマリケアの医者を育てるのに向いていると思われます。当然ここも医学部ですので究極の目的は日本の医師国家試験に当たる「USMLE」のStep1、Step2に合格し、コースをすべてクリアして卒業することです。当校(UMKC)の例をお話しすると、USMLEの準備を希望の学生には、専用のコースを履修することができ、必要に応じてKAPLANのUSMLEのコースも受講可能です。さらに、3カ月に一度は、「QPE」というボードの準備度をチエックするための模擬試験を受けます。私の受け持ちの学生の一人でこのQPEの点数が芳しくなく、Step1を先送りにし続けた学生がいました。この時は、Educational Assistant や Study skillを教える専門家、またBasic Scienceの担当の医学部のDirectorが集まり、その学生のために戦略が練られました。私もこの学生と瀕回に面接を行ったものです。結果的に彼女はStep1を初受験で230点という高得点でパスしました。それを聞いた時は、わが事のように嬉しく、私もこの学生とともに大喜びしました。日本の医学部や私が通ってきた道とくらべるとサポートシステムがしっかりしていて、何と恵まれいるのだろうと羨ましい限りです。
インターパーソナルスキル獲得も医学部での必修科目
学生たちと内科の病棟を管理していたとある月に、ペアを組むジュニアとシニアの2人の折り合いが悪くなり、とうとう2人で私のオフィスまで押しかけてきました。私はパートナーを代えることも検討しましたが、話しを聞くとそれほど問題は根深くなさそうであったので、個々の学生にそれぞれにアドバイスを与えて様子を見ることにしました。2週間ほどたってから他のシニアの学生に2人の様子を聞いたのですが、その学生は私ににっこりと笑って 「I don't know what you told them but whatever you said to them seems to be working, Thank you」と言われ、ほっとしたことがありました。同僚の指導教官に聞くと、学生が仲たがいして、担当教官のところまで話しがくることは希だそうです。
カウンセリングのようなことは、あまり得意ではありませんが、コンフリクトがある時にどのようにマネージメントすればいいのかという話を、私が毎週家内に連れていかれるバプティスト教会のパスターに聞いた話しがこの時は役にたったようです。実社会に出るまでに必要なインターパーソナルスキルを身につけることも医学部の教育過程のなかで重要なことだと思われます。この学生の一人はこの6月で卒業していきますが、卒業式にでて担当の学生にマントをかけることも私の役目の一つです。
学生への授業と関連病院での臨床
内科の外来と病棟の管理の他に、呼吸器内科、集中治療内科の専門医として、コンサルトの仕事が年に4カ月あります。これも研修の一環になっており、卒後4〜6年目のフェロー、インターン、レジデント、また他大学からの学生を連れて毎日回診します。一般内科の時はプライマリとして10〜12人の医学生、2人のインターン、レジデント、PharmD、ライブラリアンを1名ずつの大所帯となり、土日も含め毎朝9時〜12時までは回診します。内科の病棟管理の月とコンサルトの月は週に2回、研修医と学生のために一時間づつEBMを織り込んだ講義を行います。この講義のために前日に話す内容をレビューしてから望みますが、以前に内科の一般病棟を任された時にレジデントが先生の講義はとてもいいと言ってくれたので、とりあえず好評のようです。医学生からの評価でもわたくしの講義とその講義方法はよく評価されているようです。講義方法も上記に述べた教会でのパスターの説教のスタイルが大変参考になっています。この他にも週1回の呼吸器内科の外来、不定期で回ってくる隣接するKansas City Health DepartmentのTB Clinicがあり、つい最近までは慢性疾患病院での呼吸器患者の管理を毎月2週間程度やっていました。さすがにこれだと体が持たないので、慢性疾患病院の仕事は止めることにしました。昨年はこの慢性疾患病院の仕事のためにボーナスは出ましたが、サンクスギビングもクリスマスも休暇が取れなかったほどでした。
米国で医師として根をはるために
最後になりますが、私が米国の医学部で生き残り、ステップアップするためには最も重要と思われるのは「リサーチ」です。私が今までに臨床中心に自分のキャリアを積んできたことを考えると少し皮肉なことになりますが、この部分についてもお話しておきます。
我が教室はAmerican Lung Association(以降ALAと表記)の Asthma Research Centerに指定されており、患者のリクルートを定期的にやって行っています。またALAのsteering commiteeにボスの代わりに参加することもあり、「Clinical Multi−Center Study」がどのように行われているかということ知るのに大変役に立ちます。個人的にはBasic Scienceのファカルティと組んで喘息やARDS患者のimmunologyやapoptosisの仕事がようやく軌道に乗り始めてきたところです。また呼吸器集中治療内科教室のリサーチディレクターとしてフェローのリサーチの指導の仕事も私の役割です。米国に来てから私には2人の女の子が生まれましたが、スタッフになったため当直の仕事が無くなり、家族のために使える時間も増えました。ライフスタイルを日米でくらべてみると、やはり時間の拘束が短い分、米国の生活は恵まれていると思います。また、米国の文化に長くさらされると、思考パターンやメンタリティも好き嫌いに関わらず大きく影響されます。「何よりも家族を大切にする」という米国文化は、日本人には理解できないワークエシックスの違いとして、ネガティブに取られることもありますが、子供にとっては良いような気がします。
これまでの道のりは決して楽なものではありませんでしたが、スタッフになって経済的にも時間的にも余裕がでてきたことを考えると、十分ペイオフされたように思います。そして外国人の私にもこのようなチャンスが与えられことは幸運も手伝ったのでしょうが、米国の懐の深さを感じずにはいられません。研修が終われば日本に帰ろうと思っていたのですが、気がついたらグリーンカードをとり、家を購入し、夏場は毎週庭の芝刈りをやるはめになっていました。また20畳ほどの地下を子どもの遊び場にするために天井をはり、ドライウオールをたて、ペンキ塗りも覚えました。最近は裏庭を広げるために電気のこぎりで大きな木を切り倒してアメリカの開墾に一役かっています。医者を辞めても大工として生活していけそうです。慣れてしまえば米国の生活も悪くないと思う今日このごろです。
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