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留学体験記
 アメリカ臨床留学報告
                                          ハワイ大学小児科 PGY2
                                            井上 信明

はじめに
“野口医学研究所が今年で20周年を迎えられるとのこと、心よりお慶び申し上げます。私も野口医学研究所による日米医学交流の活動の恩恵を受けた一人であり、この活動の助けがなければ、今の私はなかったと断言できます。改めて大切な事業を続けていてくださっている野口医学研究所に感謝申し上げます。
思い返せば1999年末、締め切りの一週間前に留学セミナーが開催されることを知り、事務局の方々に無理をお願いして締め切りを遅らせて頂き、滑り込むようにエクスターンシップの選考会に応募させて頂きました。実はその時私の中では、この選考会に漏れたら留学はあきらめようと決めていました。日々の臨床に追われてなかなか試験に合格できず、またなぜ留学するのかという目標がはっきりしなくなっていたからです。しかしその時のセミナーに参加したことで、多くの留学を経験された先生方と知り合うことができただけでなく、エクスターンへの道が開かれ、そしてその後まるで目の前に閉ざされ、立ちはだかっていたドアが次々と開いていくように試験に合格し、ECFMG certificateを手に入れ、そしてこうして夢がかない臨床留学するまでに至りました。まさに私にとって人生のターニングポイントとなったセミナーだったのです。
これまで私は留学セミナーやエクスターンシップを通して知り合った多くの方々に助けられ、励まされてきました。今度は決してスマートではありませんが、私の経験を後に続く先生方に共有して頂くことで、臨床留学を目指しておられる方々のお役に立てたらと思っています。そのような思いを込めて、私が臨床留学にまで至った過程、現在の研修状況、そして今後の展望について紹介させて頂きたいと思います。

アメリカでの研修開始にいたるまで

1. きっかけ
大学5年のときに勉強好きの友人に誘われ、それまで存在さえ知らなかったUSMLEの勉強会を始めたのが全ての始まりでした。幸い6年の夏にStep 1に合格しましたが、そのことが妙な欲を生んでしまい、臨床留学に強い興味を持つようになりました。しかし当時は明確な目標もなく、また国試の準備と共にStep2の勉強をするといった能力も度胸もなく、いつかは臨床留学をしたいといった程度の漠然とした夢でしかありませんでした。

2. 卒後研修からアメリカ臨床留学へ
もともと海外での医療協力に興味があった私は、generalに患者さんを診ることのできる医師になりたいという気持ちから、総合診療方式をとっている天理よろづ相談所病院を卒後研修先に選びました。優秀な先輩医師やレジデント達に囲まれ、完全な落ちこぼれ研修医だった私は、みんなについていくのに精一杯の毎日を送っていたように思います。しかしこの2年間で学んだcase presentationの仕方や身体所見の取り方といった基本的なことが、現在アメリカでレジデントを始めてからとても役に立っています。
その後研修先を茅ヶ崎徳洲会病院に移しました。その頃茅ヶ崎にはFamily Practiceの研修を終えて帰国されたばかりの木村先生(現札幌医科大学地域医療総合医学講座)がおられました。Bed sideで一緒に診察し、鑑別疾患などについてdiscussionする指導内容とその博識ぶりに感動を覚え、漠然としていたアメリカへの想いを再び意識するようになっていきました。またちょうどその頃、自分の専門として救急、特に小児救急の勉強をしていきたいと思うようになり、確立されたプログラムのあるアメリカで臨床研修を受けたいと真剣に考えるようになりました。
卒後5年目からは、小児科の後期研修を始める一方で留学の準備に取り組み始めました。忙しい日々でしたが、明確な目標ができていましたので、辛いと思うことはありませんでした。こうして卒後5年目にStep 2とEnglish test、6年目にCSAに合格し、念願のECFMG certificationを手に入れました。勉強を始めて実に7年が過ぎていました。

3. ハワイKuakini病院での研修
2001年3月に野口医学研究所のエクスターンとしてハワイ、クアキニ病院にて4週間の研修に参加させていただく機会を与えられました。当時私は重症の患児を数名主治医として診ていましたので、上司の先生にお願いして留学することにかなり抵抗を感じたのですが、野口のセミナーで知り合い、絶えず励まして下さっていた先生方から「こどもたちのために、いい医師となるための留学」だと助言を頂き、決心がつきました。
私にとって初めて生で経験する米国の医療でした。@英語での診察ができるようになること(CSA対策)、A症例提示が少しでもできるようになること、B米国式医療の考え方やシステムを学ぶことなどを自分の目標として挙げ、研修に臨みました。英語での生活は大変でしたが、レジデントの生活を疑似体験し、さらに留学に対する想いが熱くなっただけでなく、自らの問題点も見出すことができ、有意義な一ヶ月を過ごすことができました。

4. そしてハワイへ
ECFMG certificationを手に入れたのが2001年8月で、翌年のマッチングにはまだ間に合う時期でしたので、早速準備に取り掛かりました。推薦状などを集め、アプライの準備が整ったのが10月半ば。その前年に全米の小児科プログラムにFMG(Foreign Medical Graduate)の採用の是非を問う手紙を出していましたので、いい感触のあった30施設程を選び、アプライしました。ところが来る返事は全て断りのメールばかり。改めて厳しい現実に直面した私は、ハワイ一本に絞ることに決めました。プログラムの特徴であるアジアを中心としたmulti ethnicでmulti culturalな研修環境が、将来自分の進みたい方向と合致していたのが一番の理由です。エクスターンの時に知り合った先生達にe-mailで問い合わせ、手を尽くし、そして2002年1月、やっと面接までこぎつけることができました。面接では想いの全てをぶつけ、matchingの時を待ちました。
日本時刻の深夜に発表された結果をinternet上で確認。そこには “You have matched: University of Hawaii Integrated Pediatric Residency Program”と書かれていました。夢が現実となった瞬間であり、新たなる夢のスタートラインに立った瞬間でもありました。


Kapiolani Medical Center for Women and Childrenについて

ハワイ大学は独自の大学病院を持たないため、市中病院を借りて卒前、卒後教育が行われています。小児科研修が行われているのが、ホノルル市内、ワイキキから車で10分程のところにある、Kapiolani Medical Center for Women and Childrenです。
このカラカウア王の愛妻、Queen Kapiolaniによって創設された病院は、110年を越える歴史を持ち、ハワイ諸島だけでなく、グアム、サイパンや太平洋内の国々の基幹病院としてその役目を果たしています。病床数は226あり、そのうち小児科の病床が約50、NICUが47と中規模レベルの病院です。しかし年間分娩件数が6,000以上あり年間病棟入院患者数も4,000人を越える、非常に忙しい施設でもあります。
ここでは小児科と産婦人科の卒前、卒後教育が行われています。小児科レジデントはcategoricalに毎年6−7人、内科/小児科の combined programに2人、そしてtriple boardと呼ばれる小児科、児童精神科、精神科を5年かけて研修するプログラムに2人のレジデントが採用されています。FMGは毎年数名採用されています。私の学年は特に多く、私のほかにドイツ出身のレジデントが2人、インド出身が1人いました。しかし日本人は意外に少なく、私と同時期に2年目から編入された先生がおられましたが、後は数年前に同様に編入された方がおられた以外は、過去数十年おられなかったそうです。こぢんまりとしたプログラムですので、皆仲がよく、クリスマスの時は大学のfacultyも集まってレジデントの家でpartyをし、みんな一緒に楽しい時を持ちました。

ハワイ大学小児科のプログラムの特徴

ハワイ大学小児科のプログラムの特徴について、二つ簡単に紹介致します。

  1. 1. community based programであるということ

ハワイのプログラムについての特徴を一言で述べると、community-basedであるということに尽きると思います。太平洋地域において医療チームのリーダーとなれる小児科医を育てることがプログラムの理念でもあります。従ってアカデミックな基礎研究よりも、地域にいる肢体不自由の子どもをどうサポートしていくかといった、臨床をしていく上で実際に問題になるようなことに研修の重点が置かれています。またレジデントは3年間の間にcommunityに役立つことをテーマにしたstudyをすることがrequireされています。

2. ハワイという地域の特異性
「常夏の島」と形容されるように温暖で住みやすいためか、非常に多くの移民(民族)がいます。白人系が全体の30%と最多ですが、それに続く日系人が約20%、フィリピン人系が約15%ですから、多数派が存在しません。そしてそれぞれの文化、人種が独立して混在するのではなく、互いに融合し、でもそれぞれのアイデンティティは保ちつつ存在しているのがハワイの特徴でもあると思います。私が受け持った子どもの中に、父親がポルトガル人とドイツ人、母親が中国人とハワイ人のハーフだという子どもがいましたが、まさにハワイを象徴しているように思いました。
また年中旅行者が絶えないため、世界の様々な地域から訪れる人たちと接する機会もあります。特に日本人は多く、最低でも毎日2,000人を越える方たちがハワイを訪れています。昨年は病棟へ入院となった日本人旅行者が10人程になりました(おかげさまで日本語のできる医師として重宝して頂いています)。真夏と真冬の時期(北半球と南半球の真冬)にRSV感染症が増えるというdataは、避寒地ハワイの特徴を現しているように思います。

研修スケジュール

研修スケジュールはハワイ大学のプログラムが勝手に作った訳ではなく、ACGME(Accreditation Council for Graduate Medical Education)やその傘下にあるRRC(Resident Review Committee)といった、卒後研修プログラムの研修目標を設定したり、プログラムの質を評価したりする全国組織によって細かく決められた基準元に作成されています。従って多少の違いはあれ、ACGMEの認定を受けているアメリカ国内の施設で研修したのであれば、それがNYであろうとハワイであろうと一定の質を保った研修が提供されることになります。

各研修内容について

4週間を一ブロックとし、ローテート研修します。主な内容4つを紹介致します。日本との医療システムの違い(保険制度や主治医制度)も紹介すべきですが、これまで様々なところで紹介されていますので、限られた紙面の都合上省略させて頂きます。
1. 病棟研修
3年間のcoreとなる研修です。病棟研修は上級レジデント、インターン、医学生がそれぞれ一人ずつで一つのチームを作り、当直など全てこのチーム単位で行動します。ACGMEによるレジデントの労働時間に関する新しい規則(週80時間以上勤務することを禁止する。24時間勤務した後は新しい患者を診ることができず、かつ6時間以内に病院を立ち去らなければならない。毎週平均最低一日のday-offをとらなければならないなど)の恩恵を一番受けているブロックでもあります。
昨年は(私がインターンの時)にはこのようなルールもなかったので、最も厳しいブロックでした。常時10人前後の患者さんをフォローしており、4日毎の当直時には最高17人の入院がありました。しかしどんなに忙しくても、問診、診察をして自ら患者さんを評価し、治療プランを立て、そして指導医とdiscussionするというプロセスを曲げることはありませんでした。そしてそのなかから@問診、診察という基本を大切にすること、A正確に医学情報を伝えること(case presentation)、B何の優先度が一番高いかを見極める(問題解決)などを学んだように思います。
症例は多岐に富んでいます。喘息、細気管支炎といった呼吸器疾患、肺炎、尿路感染症、蜂窩織炎といった感染症、急性胃腸炎による脱水などcommon diseaseを数多く診ることができました。また地域の特徴として、日系人に多い川崎病、サモア人に多いリウマチ熱(昨年4ブロックのローテート中2例経験)などが、他の施設に比べると多く経験できますが、逆に黒人に多い鎌状赤血球症などはほとんど経験できませんでした。
病棟では日本にいた時のように処置に時間をとられることはなく、診療、documentation、discussion、consultation、teachingに時間を費やしています。ただNYから移籍してきたレジデントによるとNYでは採血、ライン確保など全てがレジデントの仕事だったということですので、全米のプログラムに通じることではないようです。
上級レジデントとしての病棟も経験しました。チームのリーダーとして当直なども任されますので(当然バックアップはあります)、非常に緊張した4週間でした。目の前にある患者さんに集中していればよかったインターンの時と異なり、入院患者の重症度の判断(トリアージ)、management、医学生、インターンの教育などに仕事の内容はシフトしていきました。いずれも始めての経験でしたのでchallengingでしたが、楽しむことができました。

2. 新生児研修
新生児に関わる研修内容は、主に正常新生児を診るブロック、NICUのブロック、この二つの中間に位置するintermediate nurseryのブロック、そしてこれらブロックのローテート中通して行われるL&D(Labor and Delivery)への参加と4つの内容に分かれています。
正常新生児のブロックでは胎便汚染や帝王切開などリスクの高い全ての出産に呼ばれ、蘇生を担当するだけでなく、産まれたばかりの赤ちゃんを診察し、問題点を指導医とdiscussionすることで、周産期、新生児にみられる疾患の病態生理、治療に関するガイドラインなどを学びます。母親には母乳の与え方や自宅に帰ってからの注意点等も話します。
NICUはハワイではnight floatといって夜間のみ勤務する体制を取っています。主に24週以降の重症premature infant、先天性心疾患や消化器疾患を持った新生児を、ハワイ諸島だけでなくサイパンなどからも受け入れています。Toughですが、当直のneonatologistから直接指導を受けることができ、非常に勉強になります。私の好きなブロックの一つです。
Intermediate nurseryでは、NICUを卒業したけど合併症のため自宅へ帰れない子どもや、NICUへ入るほど重症でない新生児(低血糖や感染症など)を診ています。合併症を持つ子どもは入院中だけでなく、家族単位で自宅に帰った時のことも考える必要があり、幅広く患者さんを捉えるいい勉強になりました。

3. 外来研修
一年目は週に半日、二年目以降は半日から一日の外来を受け持ちます。そこでは退院したばかりの新生児、定期健診だけでなく、急性疾患を持った子どももやってきます。日本の研修と大きく異なる点は、一人一人に時間をかけてじっくりと診察し、指導医とdiscussionする時間が与えられているということです。その内容は育児指導や、teenagerへの性教育、drugやアルコールについての教育、うつ病のスクリーニングもしますので、とてもバラエティに富んでいます。3年間という短い間ですが、私のことを”My doctor”と呼んでくれる子どもたちの成長を、主治医として診させて頂ける楽しい時間でもあります。

4. 教育(レジデント教育と医学生に対する教育)・評価
レジデントの教育には主に講義形式で毎日昼に行われるnoon conferenceと、実際の症例を提示し、その症例に基づいてアプローチの仕方やmanageの仕方を大学のfacultyや地域の開業医から学ぶattending roundがあります。共に私達にとっては専門家の話が聞けたり、最新の知見を学ぶことができたりする機会ですので貴重な時間です。これらの時間帯はpagerを預かってもらうことができ、conferenceに集中できるよう配慮されています。
病棟における医学生に対する教育は、私たちレジデントに任されています。特に2年目になると、それぞれの医学生の力量や興味に合わせて症例をあて、共に診察しdiscussionします。指導するためには自らが勉強しないといけませんので、いい経験になっています。
各ローテーションが終了すると、その4週間でのperformanceについて指導医から評価があります。その評価表は各レジデントに定まっているadvisorに報告され、定期的にmeetingを持ち、weak pointは何であるか、それをimproveするにはどうしたらいいかなど指導を受けることができます。また私たち自身も指導医の評価、そして医学生の評価をします.特に医学生は私たちの評価表次第で成績が決まりますので、がんばっていた学生は少しでもいい最終評価がもらえるよう、細心の注意を払って書く必要があります。


上記以外にも救急外来やPICU、思春期医学や行動・発達科学のブロック、選択(Elective)といって希望の専門科を専門家の直接指導の下研修できるブロックもあります。3年の研修を通してgeneral pediatricianとしての基礎を学ぶことができるよう配慮されています。

今後の展望

小児救急の専門研修を受けるのが当初の目標でした。現在レジデンシー終了後に救急あるいはcritical careのfellowshipに進めないかと思案中です。特に小児救急のfellowshipは人気が高く、2倍以上の競争率と聞いています。US citizenなければ採用しないと公言しているプログラムもあり、道のりは険しく遠く感じています。ですが自らの夢である以上挑戦は続けたいと思っています。

最後に

「レジデントのポジションを得るための秘訣はなんですか?」と聞かれることがあります。私はいつも「決して諦めないこと、そして人とのつながりを大切にすること」とお答えしています。決していい点とはいえないUSMLE、英語での臨床経験なし、アメリカ人の知り合いもなし、グリーンカードもなしというレジデントから程遠い存在だった私が、こうしてレジデントのポジションを得ることができたのは、最後まで決して諦めなかったこと、そんな私の気持ちを支え、応援してくださった先生方がいてくださったこと、この2点に尽きるように思います。またこんな私でもレジデンシーに入ることができたという事実は、後に続く先生方への励みになるのではないかとも思います。

最後になりましたが、これからの野口医学研究所の活動の継続とさらなる発展を祈るとともに、私自身も日米の医学交流に貢献していくことを心に誓い、研修報告を終わらせて頂きます。