米国財団法人 野口医科学研究所

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留学体験記
 野口医学研究所20周年に寄せて
                                      滋賀医科大学 救急部 助手
                                        星 寿和

思えば私と野口医学研究所の出会いは13年前の夏にまで遡ります。当時、滋賀医科大学の6年生であった私はペンシルヴェニア大学にて内科のエクスターンシップを行い、一夏をフィラデルフィアで過ごしました。その当時は内科と外科の間で進路を迷っていた時期でもあり,またちょうどFMGEMS(現USMLE)のpart2を受けいつの日にかアメリカにてトレーニングを受けたいと思っていた頃でした。そのエクスターンシップ中、当時ペンシルヴェニア大学におられた幡生先生にお会いし、何度も食事に連れて行っていただいたことを思い出します。その当所、野口医学研究所は電話によるドクターサービスをもう既に始めておられたことを鮮明に覚えています。またその滞在中、大勢の方より外科のレジデンシーにはいることは困難なので、やめておいた方がよいのではというようなご助言も頂きました。

その後、滋賀医大を卒業したのち、母校にて外科の研修を始めたのですがやはりアメリカにてのトレーニングを受けたいという強い思いに駆られ、ミシガン大学と滋賀医科大学間で始まった交換研究生としてミシガン大学外科にて研究の傍ら3ヶ月のエクスターンシップを経験し、さらにその年の終わりに初めて外科のレジデンシーのマッチに乗ったのですが、結局はマッチせず。
帰国後は滋賀医大の医局に戻り外科の研修を続けましたが、それでもあきらめきれず、アメリカでの研修をしたいという一心から野口医学研究所に相談をしたところ、ジェファーソン大学の佐藤先生より同大学にてエクスターンシップをしてみないかと言っていただき、野口医学研究所のエクスターンとして3ヶ月の研修をさせていただきました。ジェファーソン大学の外科では当時チェアーマンであったロザト先生のサービスに配属され、外科のレジデントとともに忙しい毎日を送りました。この間、多くの外科医と友達になり現在もそのおつきあいが続いています。

外科のエクスターンシップ中は肉体的にも精神的にも大変きつく、また先の見えない不安から、佐藤先生を始め皆様に悩みや不安を聞いていただいたことが昨日のように思われます。また当時私と同じように内科のエクスターンをしておられた赤井先生ともこのときに出会い、後には共にレジデンシーをすることとなったのでした。
三ヶ月のエクスターンを終えた後、翌年のマッチに乗り何とかジェファーソン大学の外科のプレリミナリーのポジションにマッチをしました。外科のレジデント時代はとにかく体力的にも時間的にも余裕が無く、年に一度の野口研究所の新年会と総会に顔を出すのが精一杯だったのですが、いつも暖かく迎えてくださったことに感謝をしておりました。
インターンシップが終わった時点でカテゴリカルのポジションを得るために三度マッチに挑むこととなったのですが、またもやマッチせず。ジェファーソン大学にて二年目のプレリミナリーレジデントをすることとなりました。この間、特殊な外科領域(心胸部外科、移植外科、熱傷、外傷等々)の患者管理を学び、非常に勉強になりました。しかしながら相変わらずカテゴリカルにはいることが出来ず、フィラデルフィア近郊の病院に空きがあればインタビューに走るという生活をしていました。転機が訪れたのは二年目も終わろうとしていた6月のことでした。ジェファーソン大学プログラムディレクターよりマーシーホスピタルに三年目のレジデントの空きができインタビューを受けてきたらどうかと勧められました。驚いたことにそのインタビューの直後、早速にポジションのオファーを頂くことが出来たのでした。
三年目の外科カテゴリカルレジデントとしてマーシーホスピタルのプログラムに移った私は、シニアレジデントとして幅広い一般外科の教育を受けることが出来ました。5年目にはチーフレジデントとして数多くの症例を経験し、最終的には症例数が1000例を超すこととなりました。月に10回以上の当直をこなし、毎日休む暇もなく立ち働いた5年間でありましたが、この間に得られた知識と技術は何にも代え難い物でした。
レジデント終了後、留学前から勉強したいと思っていた腫瘍外科学のフェローシップに応募をし、マッチングを経て無事にニューヨーク州のバッファローにあるロスウェルパーク癌センターのフェローとなったのは2001年の7月のことでした。


Life of the Fellow

Fellowの朝は早い。私の育った滋賀県には延暦寺があり、千日廻峰行というお坊さんの厳しい修行があるのですが(千日間、雨の日も、風の日も、雪の日も休むことなく朝の4時から山中に点々とある祠をまわってお経を上げていく修行)外科のトレーニングは何かしらこの行を思い起こさせるものがあります。手術のある日は(週に2〜3日)7時15分までに患者の回診を終えなければならないので6時過ぎには病院に入らなければならず、それ以外の日はカンファレンスがあるので7時半までに回診をすることとなります。(患者さんも朝早くに起こされるので大変である。)4人から多いときで10人程度のカルテの記載をし、その日のオーダーを書いていきます。手術日はそのまま手術室に行くことになり手術が終わるまで出てこられないのですが、その間も病棟やICUよりポケベルで絶え間なく呼ばれることとなります。


一週間の内、3日の手術日があり、手術は朝7時半より始まります。患者さんは手術の当日に病院に入ってくるため、朝の6時には病院に入り術前の麻酔科の診察を受けています。手術は基本的にAttending SurgeonとFellowの二人で行われ、Fellowが術者を務めAttending Surgeonが助手となります。膵頭十二指腸切除などの大きな手術でも二人で行うのが普通です。日によっては肝切除等を2例続けて行うこともあります。日本では静かに手術をするのが普通ですが、こちらでは音楽をかけながら(それも結構大きな音で)手術をする外科医が多い。Roswell Parkでは歴史的に腹部腫瘍においてリンパ節の郭清を行うのが標準であり、日本の癌の手術に非常に近い。乳ガンの手術についてはneedle guided biopsyの頻度が高く、縮小手術(Lumpectomy + axillary node dissection)がほとんどです。


手術日以外の日は外来にいるのですが、新患を含めて40〜50人の患者を2人の医師で診ていきます。新患には1時間の時間が当てられており、その時間の中で診察をし、紹介医よりの情報を整理し、治療方針を決めていきます。アメリカでは患者に対して説明をかなり詳しくするので(本人に対して予後を含めて)時間がかかることとなります。しかし、患者としては説明を受けた上で納得して治療を受けられるという意味で非常によいシステムであると思います。特にcancer centerに紹介されてくるような患者さんは複雑な問題を抱えていることが多く、説明のために時間を割くことは大事です。手術が必要であると判断されると外来にて必要な検査が行われます。日本のように入院をして検査をするのではなく、外来でCT等の検査も行われます。循環器等に問題のある患者さんは術前に、他科コンサルトが出され該当科にて必要な検査を受け手術が可能な状態であるかを判断されます。多くの症例は後ほど述べるmulti−disciplinary conferenceにて検討され、どの治療が最適であるかを判断されます。


ICUは8床有り、ICU医と患者担当のFellowまたはAttendingが相談をしながら患者管理を行います。術後の管理はFellowが中心になり行い、Attendingは毎日一日の終わりに回診をし患者の治療方針を決めていきます。患者の退院の時期等もFellowが責任を持って決めることとなります。入院期間は肝切除では(葉切除)で7〜10日、膵等十二指腸切除で10〜14日程度で日本に比べて格段に短い。その理由はいくつかあるのですが、一つは入院費用が格段に高く保険でカバーされなくなるためであり、また在宅看護などのBack upも整っている為でもあります。
週にほぼ2〜3回(2〜3日おきに)Serviceのcallを執ることとなる。Callの日は病棟、ICUはもちろんのこと、退院した患者さんや外来で診た患者さんより様々な電話がかかってくることとなります。しかし、これ以外の日は一日の仕事が終われば呼ばれることもなく、自分の時間を持つことができるのです。


Multi-disciplinary conference

Multidisciplinary Conferenceはいわゆる合同カンファレンスで、外科、内科、放射線治療、病理、放射線科が集まり、主に新患の治療方針を決めていきます。このカンファレンスは各臓器ごとに行われFellowにとっては最も価値のあるカンファレンスです。話される内容は治療方針だけにとどまらず、最近の文献から臨床治研のプロトコールまでも含まれています。Fellowはカンファレンスの進行役を負かされることがしばしばありこの様な形でもいかにカンファレンスを運んでいくかという教育がされるのです。日本では各科の壁が厚いのでこの様なカンファレンスをすることが難しいのではないかと常々思わせられます。


Teaching lecture

Fellowは患者との直接の接触によって学んで行くほかに、Teaching Lecture (or Didactic lecture) からも多くのことを学びます。
毎週土曜日の朝にはjournal clubというlectureが有り、自分の属している臓器グループの癌に関して最近の新しい知見や、今の標準的治療の根拠となった論文をattendingと論議します。Fellowはこの中で論文を批判的に読む姿勢を身に付けると同時に、主要な論文に一通り目を通すこととなります。またattendingの違った視点からの意見によって今後の研究課題が浮かんでくることもあります。
火曜日の夕方にはMorbidity and Mortality conferenceが有ります。このカンファレンスではその前の週に起こった合併症や死亡症例を検討し、どのようにしたら防ぐことができるかを討論します。この様なカンファレンスは日本では往々にして罪の擦り合いや、個人攻撃の材料となるのですが、こちらでは失敗の中から学ぶという姿勢が強くひとりの医師を槍玉に挙げるということはまずありません。こちらでよく言われる"Good judgment comes from experience, and a lot of that comes from bad judgment"(良い判断は経験からくる、そしてその多くの経験は間違った判断から学んだことである。)という言葉がその姿勢をよく物語っていると思います。ここでもEBM(Evidence Based Medicine)が強調され現在の標準的治療より逸脱した場合は自分を正当化する理由を求められます。
水曜日の朝はGround Roundが有り、著明な医師を外の施設より招きLectureが行われます。自分の施設との違いを認識し、新しい知見に触れることにより大きな刺激を受けることとなります。
このほかに、Fellowによるlecture seriesやinformalなattendingによるlectureが有り、特に未だ結論のでていないtopicについて議論を行います。
FellowによるLectureでユニークなのは、内科と外科のFellowが境界領域の疾患について内科は内科的治療を、外科は外科的治療を支持する立場で討論をするものです。討論の中でどちらが正しいという結論はもちろんでないのですが、その過程で提示される様々なデータから何が問題なのかをFellow達は学んでいきます。


なぜアメリカでの臨床研修か?
アメリカで外科の研修をしたいという話をよく聞ます。私自身もそう思っていた一人なのですが、それはなぜなのでしょうか。日本の医学は世界でもトップレベルであるといわれていますが、外科に関していえば確かに手術や診断にかけてはそうであろうと思われます。しかし、医学の教育に関してはまだアメリカの水準に達していないのではないかと思われます。様々な理由があるのですが、やはり教育にかける労力が日本では正当に評価されないと言うことがその大きな部分を占めるのではないでしょうか。
また、アメリカでのFellowshipでは手術手技もさることながら、その背景にある科学的根拠(いわゆるEBM; Evidence Based Medicine)を知っている事にも非常に重きを置かれます。そのためにカンファレンスは手術室で過ごす時間と同じぐらい、時にはそれ以上に貴重です。この様な系統的な教育は日本のシステムの中では残念ながら受けることが難しいと思われます。
Multi−disciplinary conferenceは患者の治療の根幹であると共に、Fellowにとっては教育の場であり、attendingにとっては自分の専門領域を越えた部分の最新の情報を得る場でもあります。この様なカンファレンスが日本でも広く行われる様に願って止みません。
若い医学生や研修医の先生方には、本当に将来どんな医者になりたいのかということを早くから考え良い教育を受ける努力をされることを願って止みません。
アメリカでのレジデンシーを含めた7年の外科のトレーニングの中でいかに臨床、教育、研究の3分野をバランスよくこなすことが難しいかを目の当たりにしましたが、一方でその重要性にも気付かされました。将来Academic Surgeryに留まりたいと思っている私にとってこれらの経験はかけがいのないものでありました。

最後に、ここまでこられたのは多くの人が手を差し延べてくださったからであると思っています。忙しいトレーニングの間、私を支えてくれた妻を含め多くの方々に、そして特に野口医学研究所の皆様への感謝の意を表し、 この稿を閉じたいと思います。