米国財団法人 野口医科学研究所

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TOP  財団設立20周年記念誌

寄稿
 野口医学研究所創立20周年記念に際して
                             野口医学研究所 理事
                               東京大学先端科学技術研究センター 知的財産権大部門
                               インキュベーションプロジェクト 「癌転移抑制」 特任教授
                               江里口 正純

まずは米国財団法人野口医学研究所創立20周年をお祝い申し上げます。日米医学交流のため果たしてきた役割は大きく計り知れないものがあります。この目標のため、関係者の皆様の一方ならぬご努力、ご苦労に敬意を表する次第です。


さて現在、米国財団法人野口医学研究所からご寄付をいただいて私たちは研究を進めております。
今回、「癌転移抑制プロジェクト」の経過報告を申し上げ、感謝の言葉に代えさせていただきたいと思います。

 

「癌転移抑制プロジェクト」の経過報告
本プロジェクトは、東京大学先端科学技術研究センターAcTeBのTBIプログラムで、平成14年度から3年間の予定で研究開発、その事業化を目指して行われています。癌の患者さんに早く役立つよう臨床の場で使うことのできる診断法、治療法を確立することが目的です。
癌の癌たる由縁は、1)癌がとどまることなく増殖し、周囲にある組織を侵すこと、2)他の臓器に転移することです。したがって、癌の治療では、手術後などの予後を左右する最大のリスクファクターである転移の有無の診断技術の開発と、転移を抑制する薬剤の実現化が早急に求められています。


I. ケモカインに関する研究

I-1 はじめに
白血球の走化性因子として見出されたケモカインという一群の物質があります。たとえば体内のある部分が傷ついたり感染などの異常刺激を受けると、まず好中球という白血球が集まってきます。このように好中球を炎症部位に集める因子がケモカインです。そしてケモカインに反応する細胞には、ケモカインを感知する受容体があります。
最近、ケモカインが癌の転移に重要な役割を果たしていることがわかってきました。いろいろな臓器に生じる癌で転移に関係するケモカインとその受容体を明らかにすることで、癌転移の診断を行うことが可能になり、個々の患者さんに応じた治療法を選択できるようになることが期待されます。さらに、転移の仕組みを解明することは、癌の転移抑制の治療にも結びつくと考えられます。
プロジェクトの内容について、図1に示します。

癌転移と走化性因子に関して三段階で研究を進める予定です。

第一段階としての基礎研究:遺伝子レベルでのDNAマイクロアレーを用いた解析、タンパク質レベルでの組織免疫染色、フローサイトメーターを用いた解析、細胞レベルでの微量細胞走化性測定装置を用いた細胞活性レベルの解析。この測定装置は、プロジェクトの共同研究を行っているエフェクター細胞研究所で開発され、細胞と走化性因子をチェンバーの両側にそれぞれ入れることにより、細胞の動きをリアルタイムに測定することができます。
100個以内の細胞で走化性を測定することが可能で、現在実用化のための改良が進んでいます。第二段階としての癌転移診断技術開発:走化性に関連するデータの蓄積・解析、実用化研究。第三段階として癌転移抑制剤開発:転移に関する走化性因子および受容体の探索と、それらの機能抑制剤開発。

I-2 現在の第一段階の研究経過
I-2-1転移関連遺伝子について
ケモカイン、ケモカイン受容体の遺伝子について各種癌細胞株での解析を進めています。ヒト癌細胞については、医療施設と共同研究で手術により取り出された癌組織の一部を患者さんから提供していただき、研究に利用することになっています。各共同研究医療施設の倫理委員会で審査承認を得て、患者さんに研究の説明、癌組織の提供をお願いして、同意をいただき研究を行っています。
レーザーマイクロダイセクションを用いて倫理委員会で承認を得た組織の癌部分を切り出し、DNAマイクロアレーでケモカインンレセプターの検索を始めています。DNAマイクロアレーは(株)カケンジェネティックスに外注し開発したものを用いています。またタンパク質レベルでの検討を手術試料を用いて組織免疫染色にて実施中です。

II. DDSの研究について
II-1 はじめに
癌治療において、抗癌剤などの薬剤を使用する場合、DDS(Drug Delivery System;薬物送達システム)を用いて、薬剤の体内動態を変化させると、副作用を軽減させ、かつ、薬効を向上させることが可能になってきます。
癌転移抑制という観点から、私たちは、現在抗癌剤を含めた薬剤の送達および癌遺伝子治療を目指した遺伝子導入、の2点において集中的に研究を開始しています。

II-2 現在の研究経過

II-2-1リポソーマルデリバリーシステムの中性子捕捉療法への応用

中性子捕捉療法(図3)は、ホウ素原子(10B)を腫瘍に集積させ、熱中性子を照射することによりα線(飛程:10μm)を生じさせ、選択的な癌治療を行う治療法です。

私たちは、網内系の捕捉を回避し、血中滞留性を高め得るPolyethyleneglycol(PEG)で被覆し、さらにPEGの先端にTransferrin(TF)トランスフェリン修飾したPEG-ペンダント型リポソーム(TF-PEG-Liposome)による固形癌へのターゲティングと細胞送達性について検討し、癌細胞に結合しエンドサイトーシスで取り込まれることを確認しています。動物実験では熱中性子を照射すると、血液に障害を与えることなく、腫瘍体積の著しい減少が見られ、高い抗腫瘍効果が得られました。
私たちは、中性子捕捉療法を膵臓癌の術中照射に応用すべく、ファントムモデルを用いて、中性子の照射法を検討しています。


II-2-2非ウイルスベクターの開発
DNAとポリカチオンとの高分子電解質複合体を用いたシステムが、遺伝子治療における非ウイルスベクターとして注目されてきています。私たちは、ポリカチオンとして、弱塩基性の高分子でありプロトンスポンジとして注目されているポリエチレンイミンを用い、さらにin vivoの遺伝子治療においてプラスに帯電したDNA/ポリカチオン複合体と血清蛋白との凝集を阻止するカルボキシル側鎖を持つアニオン性PEG誘導体(PEG-C)を用いて複合体の表面をコートし、DNAとの新規ポリイオン複合体を形成し、癌細胞への遺伝子導入を試みています。また、インフルエンザウイルスの解析に基づき合成されたpH依存性の膜融合ペプチドであるJTS-1を加え、その遺伝子導入効果についても検討していますが、研究の成果が非ウイルスベクターを用いた遺伝子治療へ応用されることが期待されます。


III. まとめ

このプロジェクトは癌の臨床医と基礎研究者が一体となって行っていますが、学外の共同研究施設での研究もプロジェクトを進めて行く上で重要となっています。

2002年4月にプロジェクトが始まり、研究体制を整え、現在、研究が加速される状況になってきました。癌転移の診断面での研究とともに、DDSを利用した癌転移抑制の研究も進んでいます。科学技術立国を目指す日本にとって有用な戦略の基盤を為すものが知的財産であるとの考えのもと、私たちの所属している知的財産権大部門は、研究成果・技術の社会への移転、事業化へ向けての研究者に対するサポートを担ってくれています。私たちのプロジェクトはインキュベーションプロジェクトですので、研究成果を踏まえて、事業化も視野にいれて研究を精力的に行っています。